taiwanochikaraとマーケティングのコラム&エッセイ

日/米/英資本の外資系広告会社を卒業して改めて思う日本人のことや、その他興味のあるテーマを気儘にコラム風やエッセイ風に書き綴ります。

政府が人生100年時代という言葉を使いはじめたのは、2013年に2人のイギリス思想家が共著で出版した「LIFE SHIFT」が国内でベストセラーになってから。


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その本によれば2007年生まれの日本人の50%以上が100歳以上生きるらしい。
2107年の人口推計は約5600万人

2007年出生数109万人なので単純計算で54.5万人(人口比1%)は100歳の誕生日を祝ってもらえそうだ。

俄には信じ難いが政府はこの予測を元に国民にたいして人生100年時代に備えた生活提案をしている。


100
歳まで生きると何か良い事があるのだろうか?
仮に70歳で定年になったときに後30年は遊んで暮らせるのだろうか?


100
歳まで生きられるとしても、定年退職後の30年~35年を誰かが保証してくれるわけではない。人口が更に減り続ければ2007年生まれの人達が貰える年金は相当少ないと予想できる。政府の提案はその為の準備を今からしなさいというわけだ。

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生きて行くためには食べなければならない
食べるためにはお金が必要だ
貯蓄のある人は切り崩しながら生活できるが貯蓄の無い人は食べられないので終わりだ
今の医療制度だと病気になれば費用の3割は個人が負担しなければならない。


そう考えると、人生100年時代というワードは健康でお金のある人に限定した、体の良いマーケティング的用語でしかないのではないだろうか

 

日本人は代々100という数字に心地よさや縁起の良さを感じる傾向にある。
世界を見渡してもトップ3、トップ5、トップ10、ベスト10はあるけれど100はない。

調べてみると100〇〇はこんなにあった。
どれも選ばれた感が強いポジティブな印象を与えませんか?

日本名水100
日本名山100
日本風景100
日本名道100名道
日本名城100名城
日本桜名所100
日本棚田100
日本滝100
日本ダム湖100
日本河川100
日本100名橋
日本観光地100
日本温泉100
日本郷土料理100
日本歌100


これだけあると、国内の都道府県すべてに何らかの100選があると言っていいですね。
皆お国自慢ができるのですね。
これも森羅万象に神を感じる日本の八百万の神と関係があるのだろうか。



人生100年時代というワードは日本人にとってポジティブな心地よさを感じるおまじないのような言葉であって、本来は人生のピリオドを指す言葉なのです。

国はそこの所を上手く利用したと考えているようだか、相変わらず国の責任回避路線を推進しようとする定年後の生活に困らない官僚達の発想らしいなあと思いました。


おそらく現政権寄りの広告会社が日本人の好きなワードからヒットした数字ではないだろうか?
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まあ、私が長年過ごしてきた広告の世界では、従来のやり方では通用しなくなると、海外の新しい理論や言葉を使うのは常套手段でしたから特に目新しくはありませんね。しかもクライアントを煙に巻くような英語で(笑)

パタカラ

新型コロナウィルス感染拡大防止のため、私たちの生活は一変してしまいました。

特効薬がない今、人との接触を避けることが最善の方法といわれ、家に居る時間が長くなっています。

 

毎日報道される感染者数や死亡者数を見るにつけ、当初は見えない敵に対する恐怖心が高まるばかりでしたが、非常事態宣言下での国民の努力と医療従事者達の不休・不眠の努力もあり、ほんの少しは落ち着いてきているようです。

 

 

個人の努力は小さくても、今はみんなで知恵を出し合いながら頑張るしかないと思い、今回は先日TBSラジオにリモート出演された諏訪中央病院の鎌田實先生おすすめのストレス解消法をご紹介します

 

ストレスが溜まると自ら副腎ホルモンのステロイドを分泌し、その結果免疫機能を低下させ

風邪もひきやすくなり、ウィルスにも感染しやすくなるそうです。

 

そのためには、ストレスを解消することが大事

一つの方法として、お笑いを見たり、落語を聞いたりすることで溜まっているストレスを発散させる

 

 

 

今回、鎌田先生お勧めはパタカラ体操

 

パタカラ体操とは「パ」「タ」「カ」「ラ」の4文字を連続して発声することで

口腔機能の衰えを改善するために考えられた体操だそうです。

 

「パ」口を閉じる筋肉が鍛えられる

「タ」舌の筋肉が鍛えられる

「カ」のどの奥に力を入れ、食べ物を飲む込み易くなる

「ラ」舌をまるめて発音することで口全体の動きに効果的

 

 

鎌田先生曰く、イライラしているときに、パタカラ・パタカラ・パタカラ・パタカラ・パタカラって言うと馬鹿らしく思って笑ってしまうことでストレス解消になる

 

それでもイライラが解消されなければバカタレ・バカタレ・バカタレ・バカタレ・バカタレでも効果は変わらないと仰る。

場所を考えて発声しないともめ事の誘い水になるので注意が必要かも。

 

 

一番いいストレス発散方法は筋肉を動かす運動だそうです

天気がよければ人込みを避け、外を走っている人もいます

家の中で工夫して運動している方もいらっしゃるでしょう

人それぞれのストレス解消方法はあるのだと思いますので、自分に合った続けられる方法が一番だと思います。

 

 

 

口には「食べる」以外に「しゃべる」という重要な役割があります

引きこもりがちになり、家族や友人と話す機会が減ることで口腔機能が十分に活用されず

会話を通じて得られる脳や心への刺激が少なくなり、意欲の低下につながるそうです。

 

 

 

STAY HOMEが長引けば長引くほどストレスが溜まりやすくなり、免疫機能が低下して感染症のリスクが増大してくると思います。

 

皆さん、とりあえず簡単なパタカラ体操を試してみませんか

 

ちなみにパタカラ体操は誤嚥性肺炎の予防にもなるそうですので、ご家族に高齢者がいらっしゃる方には是非お勧めします。

かつて脳科学は「脳は3歳で決まる」といっていました。しかし、それは間違いであったことが分かっています。
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じつは50歳くらいからが脳の成長と個性が一番輝く時期なのだそうです。

何もしないと脳の老化は50代に一気に加速するそうです。

 

1歳頃から脳の神経細胞は減っていくそうですが、いくつになっても脳には使われていない未発達な神経細胞が山ほど眠っているそうです。

使い方次第で、脳は一生、変化し、成長するそうです。

 

文春オンラインで紹介された加藤 俊徳医師の研究結果がとても興味深く、分かり易く、しかも自らの現実に置き換えることができたのでした。

 

以下の画像は80歳男性の脳のbeforeafter MRI画像だそうです。

脳のMRI活性化前と後の違いがよく分かる画像です。
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(加藤俊徳監修『老けない脳をつくる生活習慣』〔宝島社〕より)© 文春オンラインより引用

 

右の枝ぶり(盆栽みたいで良いですね)画像は、男性80歳のときの脳で、

左はこの男性があることを始めて1年後の脳画像だそうです。

 

薄く表出されていた手足の動きを担う部位が、黒くなり生き生きと成長しているそうです。

 

実はこの男性、80歳からドラムを始めたんだそうです。

脳の専門家でもない私が見ても一目瞭然で、何かが活性化し始めたことが一目瞭然です。

これは小学生の脳の一年の成長に匹敵するそうです。


日本人の平均寿命は男女とも80歳代で、最近では国を挙げて人生100歳時代と(勝手に)言っています。定年が65歳だとしても、残りの20年、30年で何をするか。

それを決めるのは入試や就活よりもはるかに難しいことですよね。

 

「偉くなる」だとか、「金が貯まる」だとか、「人を動かす」だとかいう力は必要なくなるので何の役にも立たない、他人から見たら馬鹿みたいなことでも、好きで、活力のようなものが湧いてくる対象を見つけられるかどうかだと思います。


三か月前、偶然目にした後輩のゴム版画作品は、まさに何の役にも立たない、他人から見たら馬鹿みたいなことだが
沸々と創作意欲が湧いてくる対象になっています。

トップのMJ以外に自身の作品からお気に入り2点を紹介します。

 

一年後の私の脳もきっといい枝ぶりになっているのかな。
なにかワクワクします。


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スタンフォード大学B.J.Fogg教授によればコンピューティングの歴史には大きく4つの波があるそうです。


【1950
年代】
機能(Functioanlity):記憶容量/処理速度


【1970
年代】
エンターテインメント(Entertainment):インベーダーゲーム/パックマン


【1980
年代】
使い易さ(Ease to Use)Windous/Mac


【1990
年代】
行動誘導(Persuation):説得/勧誘


そして、行動誘導技術は下にあげる12の領域に分類することが出来るそうです。


1.
購買
2.
教育/学習/訓練
3.
安全
4.
環境保全
5.
職場の生産性
6.
予防医療
7.
フィットネス
8.
疾病管理
9.
個人金融
10.
コミュニティー活動
11.
人間関係
12.
人事管理と改善



特に購買は行動誘導の典型例にあげられています。


マーケティングがマスからパーソナルに移行する上で、支えになる技術がコンピュータ技術というわけです。


さてスマホやPCなどのデジタル機器は利用者の使われ方よって千差万別ありますね。


これをデジタルメディアのパーソナル化とよぶそうです。



『自己メディアの社会学』の著者、加藤晴朗氏によれば、自己の輪郭を形造るためにメディアは実に有効に使われているそうです。



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行為のデジタル表象/ファッションの具体化/身体行為での振る舞い・表情・声


自己の輪郭:印象マネジメント=メッセージ性=情報発信


少し難しい内容ですが、人は自分をメディア化しているのです。


よって、他人も同じくメディア化しているという事になります。


他人とのコミュニケーションの場面でも、そこにはデジタルメディアが介在しているので同じように考えることが出来るのですね。

 

1966年出版された認知科学のベストセラー「人はなぜコンピューターを人間として扱うか」で、人々はメディアを人や場所の様に扱い、そしてメディアは社会的な現実と等しいのだ、という内容の本です。 1966年にこの本を書いているとは驚きです。

 

Byron Reeves & Clifford Nass 共著

The Media Equation

How People Treat Computers,Television, and New MediaLike Real People and Places.


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私達の身の回りにあるデジタル機器をみても気が付くと思いますが、PCにアクセサリーや付属品を付けていませんでしたか?

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携帯電話には今でこそ付けている人は見かけなくなりましたが数々のストラップで自己表現していましたよね。


まさにデジタルメディアを人格化していたのです。


又、故障した時に叩いたり、文句を言うのも擬人化している証拠だそうです。


ブログが炎上してしまうのも全てデジタルメディアを人格を持ったものとして扱うからだという研究結果もあるそうです。


製造業の現場で、ロボットや機械に名前をつけているのをテレビで見かけたことはありませんか?


このようにデジタルメディアが人格として扱われるからこそ、行動誘導に利用することが可能になるのです。


つまりデジタルメディアを人格化して自分もそのメディアと一体化しているのです。


デジタルメディアのパーソナル化には、利用する側の無意識な行動履歴と、提供する側が行動履歴を利用して最適化したサービスを提供する事で成り立っています。


ある意味コインの裏表
個人情報が間違えて使われても自己責任



近い将来にはコンピューター自信が人格を持つ可能性があるとも言われています。いわゆる2045年のシンギュラリティ問題です。



私が情報発信に利用しているブログも、交流に使ってるSNSも、自己のメディア化の一部という事になりますが、メディアのパーソナル化で、私が危惧していることがあります。



それは日本語による一対一の対話が益々疎かになっていくことです。



今後、デジタルネイティブ世代が対話に費やす時間は今以上に減る傾向にあるのは明らかです。



次世代のブレイン・コンピューター・インタラクティブでは脳で会話が可能になるそうです。


日本のロボット研究の第一人者、石黒浩大阪大学教授は人間がロボット化すると言い切っていました。



人間がAiと一体化するのはそう遠くない未来なのかも知れないが、それは人間の進化と言えるのだろうか?



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明治になって西洋文明に憧れ、敗戦後は欧米文化に追い付け追い越せで頑張ってきた日本だが、バブル崩壊以降なかなか復活の狼煙は上がらない。どうすればいいのだろうか?


今まさに経済活動の中心にいる30代~40代の人達が中学・高校・大学生だった頃、将来への希望や未来についてどう考えていたのか?

当時実施したアンケート調査の一部を拾ってみました。

 

()青少年研究所による1989年調査

日米の高校生達に同じ質問をしたアンケート結果です。

 

30歳になるとき世界で一番豊かになる国はどこだと思いますか?

 

日本の高校生

-世界で一番豊かな国は日本 46.2

-世界で一番豊かな国はアメリカ 25.5

 

アメリカの高校生

-世界で一番豊かな国は日本 50.4

-世界で一番豊かな国はアメリカ 36.9

 

1989年のバブル経済時に日本企業がアメリカの象徴であるニュヨークのマンハッタンの土地や高層ビルを購入したり、メジャー映画会社を買収したりしていた当時の質問です。まさに価値観はお金が最優先だったのですね。

 

 

そして、バブルがはじけた後の調査

読売新聞の日米大学生意識調査

1998年~1999年インターネット調査

 

人生の目標はいずれ達成できる

日本の大学生 37%

アメリカの大学生 79.1%

 

自国が良い方向に向かっている

日本の大学生 14%

アメリカの大学生 56%

 

国政選挙に関心を持ってる

日本の大学生 27%

アメリカ西海岸の大学生 78%

 

 

又、2000年に日米の学生達に同じ質問をしたアンケート結果です。

()青少年研究所による20007月調査

 

21世紀は希望に満ちた社会と思う

日本の中高生

-とてもそう思う&まあそう思う 33.8%

-あまりそうおもわない&全くそう思わない 62.1%

 

アメリカの中高生

-とてもそう思う&まあそう思う 88.2%

-あまりそうおもわない&全くそう思わない 11.9%

 

 

今まさに30代~40代の人達が、1718年前には日本の未来に夢や希望を持っていなかったことがこのアンケートではうかがえます。

 

今でも国政選挙への関心は当時の気持のまま、政治には今でも関心なさそうですね。

 

当時の若者たちが熱狂していたのはゲームでした。そしてスマホの登場で今でも当時人気だったゲームのシリーズは続いています。又、当時人気だった漫画も相変わら根強い人気で、時が経った今でもテレビや映画の実写化で成功しています。今に引き継ぐ優良コンテンツかもしれません。

 


最近すごく気になる日本人凄い!的なテレビ番組。


日本の技術は世界一!

日本製の土産を国に持ち帰って両親おお喜び!

こんな所で日本人が活躍している!

世界が驚く日本人!

世界の人がビックリする日本の伝統!

 

日本人凄いとか、日本だからとか、私たちには当たり前の事を外国人に自慢している様子を日本国内向け番組として放送し、私たち日本人が見ている。

なんとも歪な流れですが、高度経済成長の止まった後の空白の30年間で自信を失った日本人が、外国人の目から見た日本の良さ・強さを客観的に教えてもらい、それらを再認識して自信を取り戻している時期なのかもしれません。


歴史的に見ても、海外で評価を得て、日本人がその価値を知ることになった例は多くあります。


代表的な例が、浮世絵です。
陶器など壊れやすい貴重品を海外に輸出するときに、アンコの役割で詰めていた紙くずが浮世絵だったこと。ヨーロッパには無かったその美の世界に驚いたこと。ゴッホが浮世絵の影響を強く受けたことで、日本人は浮世絵の価値を知ることになったのです。
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西洋かぶれという言葉はまさに価値観の逆輸入から生まれた言葉ではないかと思います。

自らその価値を判断することはできないけれど、西洋人が価値ありと認めたものは優れていると受け入れる。

明治の初め、日本人は固有の文化は全て価値なしと考え、国中の一般人も知識人も外国のモノ舶来品が優れていると思い込んだのです。

20年前テレビ番組で「ここが変だよ日本人」が放送されていたことを思い出します。

1998年~2000/TBS

司会:ビートたけし

出演者:テリー伊藤、江口ともみ、そのまんま東、浅草キッド等

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来日している外国人(タレント)が思う、日本人の習慣の変な所、変わっているところを指摘され、でもそれが日本人なんだと、真っ向から意見の対立する番組でした。

 

当時の制作スタッフは昭和の高度成長時代とバブルを経験した、勢いのある若者たち。

警察だろうが、政治家だろうが怖いものなし。


ある種、ディベート的番組で(罵声は飛び交っていましたが)今思えばとても自由な番組だったと思います。今ならBPOが番組打ち切りに持っていくでしょうね。

 

当時の若者はまだ未来にたいして希望も目標も持っていたように思います。

 


テレビの世界では20年前にアンケートに答えた世代の人達が中心となって、今まさにテレビ番組を作っている頃かと思います。

アンケートに答えた当時、未来に希望も目標も持っていなかった世代です。経済は低迷期にありながらも近年増え続けているインバウンド。

自らの姿は鏡でしか見ることが出来ません。

アウトサイダーが見た日本の伝統、文化、芸術に価値があることに改めて気づいたのかもしれません。世界の先頭を目指して前に前に走ってきた日本人は経済的に先頭を越したあと、今や先頭が見えないのです。

テストにその意味は書くことが出来ていたけれど、まさに灯台下暗しなのです。

 


先日久し振りに渋谷の街をぶらぶら歩いてみたところ、旅行者と思えるアジア系、欧米系の人の多さに驚きました。

 

出国も増えていますが、訪日数はすごく伸びていますね!


日本にかぶれた外国人から、改めて日本のよさを学ぶ事で、未来が拓けるような気がします。
観光客推移

他人の褌(ふんどし)で相撲を取る” には貸し借りの論理が含まれているが、他人の情報を使い回すネット社会に、勝ち負けはあっても貸し借りの論理が無いのが腹が立つ。

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故事ことわざ辞典を調べると以下のように書いてあります。

人の褌(ふんどし)で相撲を取るとは、他人の物を利用して、他人に便乗して、利益を得ること。


もし勝つことが出来たら、貸してくれた人に褌(ふんどし)を洗った上で返す時になにがしかお礼を添えるのがマナーである。負けたとしても、試合に挑むことは出来たのだから、返す時には何某かお礼するのが当たり前。

 


大人になれば当たり前の行為ですよね。

 


しかし、ここには金銭的貸し借りが存在しません。何某かのお礼が必ずしも金銭である必要はないわけです。コーヒー1杯のこともありますね!

 

私の子供の頃、ご近所とは色々なものを貸し借りした覚えがあります。醤油や塩なんてこともありました。金銭の貸し借り以外は生活の知恵から生まれたのでしょう。お返しには母親が多めに作った煮物を皿に入れて届けたことはごくごく当たり前のことでした。

 


さて、ネット社会を見回すと他人の褌(ふんどし)で相撲を取るという行為は今やビジネスでも個人でも当たり前ですね。


例えば、検索エンジンは他人の褌(ふんどし)で相撲を取る横綱と言ってもいいでしょう。

 


大関や関脇クラスだと、スマートニュース、グノシー、ニューズピックスに代表されるキュレーションメディアが分かり易いですね。

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スマートニュース


 

幕下クラスだとSNS等へのリツイートでフォロワーの票集めに頑張っている個人の人達でしょう。



新聞、テレビ、オンラインメディア、個人ブロガーによる多種多様な情報発信により情報量が多くなった情報を整理、編集して新たな価値や意味を与え私たちに無料で提供してくれるキュレーションメディアと呼ばれるベンチャー企業も登場してきました。


キュレーションメディアの扱うコンテンツは、既に一次情報母体(主にマスコミ)のチェックを通過しているので扱う上でのリスクは小さいのです。

 


インターネットという個人での情報発信が可能になったことで、既存のコンテンツに新たな価値や意味を与え、私たちに使い易い情報に加工し、ほぼ無料で提供してくれるのです。

 

ネット社会では情報が早くしかもタダで手に入れられるのは最高ですね。

 


キュレーションメディアは自分の褌(ふんどし)を持っていないので他人の褌(ふんどし)で相撲を取る事になりませんかね?


取材にコストや時間を労した雑誌社、新聞社、テレビ局のコンテンツを利用して商売しているのであれば、なにがしかのお礼はしなければならないでしょう?

 

 

でも褌(ふんどし)のお礼をしてる会社はなさそうです。

勝手に公開された情報を利用しているだけで、借りたという認識はなくお礼する必要もないのでしょう。むしろ、特定のターゲットに対してPRしてやっている認識かも知れませんね。

 



さて、タダで情報を入手できる私たちはいい時代になったと喜んでいいのでしょうか?

経済学でそこのところを分かり易く示してくれています。

 
例えば、3組のペアが甲と乙に分かれているとします。

甲・乙 双方が出来る限りより満足のいく交渉を行った結果を下記の図で表しています。


パレート最適
 

3組のペアともすべてが満足のいく交渉結果を達成している図です。

経済学では物々交換を行うことで双方の満足度が向上することを「パレート最適」といいます。



点A・B・Cはともに「パレート最適」の線上に乗っかっていますのですべてのペアがWin-Winの状態を達成しているのです。

 


ペア3の甲が、ペア1の結果を見てなんて思うのでしょう?

そうです、自分が大損していると気づき愕然とすることでしょう。

 

その逆が乙にも言えて、ペア1の乙はペア3の結果を見てがっかりすることでしょう。

 


すべてのペアが双方満足し、良い交渉をして「パレート最適」に到達したはずですが、交渉をしている各自にとってみれば、かならずしも最高の交渉だったとは言えないという結果です。

 


タダで利用できるネット社会ってなんて便利なんだろう(´V`)♪と思っているあなた、あなたの褌ふんどし(自ら入力した情報)を転用・転売されていることを肝に銘じましょう。

 


という私も占いでは生年月日や性別の情報を随分タダで差し上げました。(当たりませんでしたが)きっと何かの役に立っているのでしょう。

 


個人情報と引き換えに、私たちを喜ばせようとしているネット猛者が五万と存在していることを忘れなず、私たちは賢くネットを使いたいものです。

 

 

ネット社会にマナーはあるのでしょうか?

 

ネット上の情報交換はフェアといえるのでしょうか?

 


目に見える物々交換であれば、ある程度判断できます。

ネットは公開又は提供情報の集合知を利用しているだけなので、個人が損をしているという感覚はないのです。

 


高校の大先輩である中沢新一氏が著書「野生の科学」の中で、交換は単に「交換する」ことだけでなく、「コミュニティーに入ること」や「敵から味方に変わること」という意味を含んでいるとラジオの対談番組で語っていたのを聞いた時、とても腑に落ちました。やはり私とは出来が違う。

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本来あるべきフェアな「交換」が、今のネット社会では、その仕組みを知り尽くした知恵者達が、個人情報を「搾取」をしているように思えてなりません。

 

 

ネット上には、「無料で情報が手に入る」「コミュニティーに入ろう」「敵から味方に変わる安心感」をうたい文句に巧みに誘ってきます。



最近ニュースになっていますが、リクナビに登録した学生の時系列の個人情報を、AIに分析させ、その情報を販売していたというもの。まさに情報交換の不平等かと考えます。まあ、氷山の一角でしょう。

 


ネット企業の仕掛けで、世界では猛スピードで情報格差が拡大しています。

せめて日々「パレート最適」なのか?を意識して、特にタダの情報入手には気を付けましょう。

日常的に使う頻度の高い言葉にコミュニケーションという言葉があります。

私たちの生活に馴染んでいるとても便利な言葉ですよね。職場や家庭など様々な場面で登場します。


でも場面によって使い分けるその言葉の意味合いは意味合いが変わります。



子供の頃、家の中にあったガラクタを家の前の狭い道路に並べたものでした。


風呂敷のようなシートを敷き、その上に、カラフルなビー玉、使いかけの消しゴム、壊れかけたミニカー、お土産にもらった東京タワーや鎌倉の大仏の置物等々を並べ、通りすがりのご近所さんに勝手に販売していたのです。

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今思えば、恥ずかしいことをしていたのだと思う反面、自分ながら当時のその行動力に感心します。

 

小学校低学年の児童ながら、教わるでもなく一対一の対話からモノを売るという行為に興味をもっていたのです。近くの駄菓子屋さんでのやり取りを見よう見まねしていたのだと思います。

 

 

随分時間が経って、大学で受けたマーケティングの授業でコミュニケーションビジネスの存在を知り広告会社で働きたいと思ったのは、そんな小学生の頃の経験があったからなんだと後になって気づきました。

 

 

広告会社で働いているときに一番気になった言葉がこのコミュニケーションでした


我々のビジネスはコミュニケーションビジネス。いかに消費者とのコミュニケーションを円滑にして多くの人に商品を購入してもらうのか。

 


そんな広告会社の使うコミュニケーションという言葉にはいつも違和感を持っていました。


「コミュニケーションなんてしていないじゃないか!」ってね。

 

 

身近な場所で使うコミュニケーションという言葉

家族のコミュニケーションは大事

夫婦のコミュニケーションは必要

成長期にある子供と父親とのコミュニケーションは特に大切

 


私にとってのコミュニケーションは一対一が前提なので、相手の顔が見える
コミュニケーションはとても納得できる言葉なのですよ。

 

 

そして、違和感を解消するためにこのように区別したのです

 

-広告会社で使うコミュニケーションとは、常にメディアを介しての片方向であり最大公約数的に十把一絡げを実現するために使う手段

 

-身内や友人とのコミュニケーションは一対一の双方向でありお互いの理解を高めたり個性を尊重したりするために使う手段

 

 

今や広告の世界ではインターネットを介しての双方向が主流になっています

 

実は対話で繋ぐコミュニケーションビジネスはとても時間がかかりで非効率です。


でもマーケティングは一対一のコミュニケーションから始まったのです。



コトバンクによれば、コミュニケーションとは、言語、身ぶり、画像等の物質的記号を媒介手段とした精神的交流のこと。又は、社会生活を営む人間が互いに意思や感情、思考を伝達し合うこと。



その語源はラテン語で
「分かち合う」だそうです。



私が日常的に使う「コミュニケーション」という言葉の意味も「分かち合う」に近いニュアンスで使っていますが、皆さんはどのような意味で「コミュニケーション」という言葉を使っていますか?

有名な広告には心に響くコピーが存在していますよね。


たまたま知ったネイティブアメリカンの教えの中で、私の心に響いたモノを取り上げてみました。

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コロンブスがアメリカ大陸を発見した時、インドに到着したものと勘違いして原住民をインディアンと名付けたことは有名ですね。

一説によると、ネイティブアメリカンと日本人のDNAは源流が同じらしいのです。

だから、日本人の私の心に自然に入ってくるのでしょうか。

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ネイティブアメリカンの教えは、自然と人間、個と家族、仲間といった関係をバランスよく保ちながら、生きてゆく上で必要な教えを言葉にして子孫に伝承してきたのです。

確かに、八百万の神々を祀る日本人の宗教観と精神構造が似ているかもしれません。


インディアン嘘つかない
嘘つきは泥棒の始まり


いっぽう、西洋の名言や教訓は哲学が根底にあり個人に帰結しているので伝承という意味合いは少ないようです。



日本で人気の名言と言えば、経済的成功者の残した言葉が多いのもこの国が経済合理主義を善としてきた結果だと思います。



あなたが生まれたとき
周りの人は笑って
あなたが泣いた
だから、あなたが死ぬときは
あなたが笑って
周りの人が泣くような人生を送りなさい
ネイティブアメリカンの教え
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少しずつ、少しずつ
行けるところまで進む
アラバホ族
 
知識ではなく知恵を求めよ
知識は過去の産物だが
知恵は未来をもたらす
ラムビー族
 
家族のあいだに調和が保てれば、人生は成功だ
ウテ族
 
目で判断せず
心で判断しろ
シャイアン族

心からの言葉は書物よりも尊い
ミックマック族
 
まっすぐしゃべれば
光線のように心に届く
アパッチ族
 
思考は矢のように放たれたら的を射る
注意しないと自分の放った矢で倒れることになる
ナバ族
 
男女は平等だが
その力と責任は異なる
全ての部族共通
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宇宙はわれわれ一人一人の中にある
オグララ ラコダ族
 
誰だって批判されるのは好きじゃない
けどな、批判というのは砂漠を吹く
のようなもんだ
風が柔らかい茎を鞭打って吹くものだから、風に負けまいと深く深く地中に根を下ろすようになるんだ
ホピ族
 
怒りは自分に盛る毒
ホピ族
 
かんしゃくを起こすと友人を失う
嘘をつくと自分自身を失う
ホピ族
 
人間は人として生まれるのではなく
人になるために生まれる
チェロキー族
 
頭による理解には誤りがあっても、体による経験には誤りはない
スー族
 
人の瞳は舌が発音出来ない言葉を話す
クロウ族
 
過去を忘れ、心から痛みを消し去れ。
どんな強い人間関係も、そんな重荷に耐え続けることは出来ない
 
信じることが価値を生む
価値は考えを生む
考えは心の反応を生む
心の反応は態度を生む
態度は行動を生む
 
死は存在しない。
生きる世界が変わるだけだ。
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人生の四つの徳とは
勇気・不屈・寛大・智恵
 
泣くことを恐れるな
涙は心の痛みを流し去ってくれるのだから
 
分かち合うことが出来れば悲しみは半分に、喜びは2倍になる。
 
目を奪われるものが沢山あるだろ。
しかし、心奪われるものだけを追い求なさい。



全ての教えが同時に心に響くわけではなく人生を過ごす中で、様々な経験を積んでゆくことで心に響く教えに気が

付くのだと思います。


長く広告会社で働いてきた身ですが、今更ながらに心に響く言葉はいいなぁと思います。



そして今、60代になって孫にも恵まれたことで改めて心に響く教えが増えたのだろう。


年末に録画してあったいくつかの特番の中からボブ・ディランの番組を選んだ。


ホブ・ディランの曲は世界中のミュージシャンにカバーされている。曲も素晴らしいが歌詞が素晴らしい。何故ノーベル文学賞が与えられたのか?考えながら見ている。


BDyran

ノーベル文学賞の受賞式後に放送された番組でとても良い内容だった。

 

WOODSTCK
NEW PORT FOLK FESTIVAL
HYDE PARK
GRAMMY AWARDS
NARA, JAPAN
etc.

1964-1998

全てがライブの貴重な映像ばかり

代表的な曲が続く

そして大好きなあの曲は1994年ウッドストックで演奏した映像だった

 

40年前を思い出す

DAVE MASONの流れるようなギタープレイ
“All Along The Watchtower”
歌詞の意味は分からなかったが 心が動くのを感じた

 

この曲がボブ・ディランの曲だと分かったのは数年後だった
いつもジミ・ヘンドリックスに捧げるつもりで歌っていると言う

 

この曲は世界中の様々なミュージシャンに受け継がれ続けている。

音楽でも演劇でも共感できる作品はどんな監督や演者にかかっても、本質を失わず味わいだけが変わってくるから面白い。

 

それぞれの作品は原作に否定されることなくその存在を認めてもらえる。

時代に受け継がれゆく名作とはこんな寛容性の高いものなのだと改めて感じた。


聖書「イザヤ書」第21章にある、見張り塔から馬に乗った二人の男が来るのが見えた時、堕落したバビロンが崩壊したことを知るという話から引用されているこの歌詞は、ボブ・ディランが考える人生観を歌っている。


生まれ育った環境、言語、文化、宗教感の違う私には歌詞の奥深さは分からないが、旋律を聴いた時に心に響いたものは今でも変わらない。


日本ではあまり多くに知られていない曲

“All Along The Watchtower”
音楽には歌詞に込められた奥深い意味も分からずとも、人の心を動かす力があるのだと知った曲の一つです。

"There must be some way out of here"said the joker to the thief

"There's too much confusion", I can't get no relief

Businessmen, they drink my wine, plowmen dig my earth

None of them along the line know what any of it is worth.

 

"No reason to get excited", the thief he kindly spoke  

"There are many here among us who feel that life is but a joke

But you and I, we've been through that, and this is not our fate

So let us not talk falsely now, the hour is getting late".

 

All along the watchtower, princes kept the view

While all the women came and went, bare foot servants,too.

 

Outside in the distance a wildcat did growl

Two riders were approaching, the wind began tohowl.




ふと、いつもノーベル文学賞を期待されて受賞に至らない村上春樹氏の作品が頭をよぎる。


日本語は漢字・かな・カタカナを使い分けて作品を書き上げる。翻訳できない日本語も数多くあるはずだ。しかし翻訳という高度なフィルターを通して一冊の書籍になり、海外の読者にも多く読まれている。

村上春樹氏が英文で作品を書き上げていれば読者には原文のまま受け入れられる。英語にも韻はあるので、きっとそのまま作品の世界観は伝わるのだろう。

2017年、長崎県出身の日系イギリス人小説家の石黒一雄氏がノーベル文学賞を受賞した。村上春樹氏もいつか受賞出来れば良いと思う。


“All Along The Watchtower”
の和訳を調べたところ、個人の解釈にも色々あったので勝手にご紹介します



A訳;(放送された番組のテロップをそのまま引用)
ここから逃げる方法があるはずだ、と道化師が泥棒に言った
混乱ばかりで安心できない
セレブが俺のワインを飲み、農家が俺の土地を掘る
どいつもこいつも、価値が分かっていない

まあ落ち着きなよ、泥棒は優しく言った
俺たちみんな人生はジョークだと思っている
しかし俺らはもうそんな考えをしない、俺らの宿命でない.
だから偽りはもう話すな、夜が更けている

見張り塔からずっと、王子たちが眺めていた
女性と裸足の奴隷が行き交った
遠くのほうでヤマネコが吠えた
馬に乗った二人が向かってきて、風が悲鳴を上げた


B訳;
ここから出ていく道があるに違いない 道化師が泥棒にそう言った
あまりにも多くの混乱があるんだ もう救いようのないほどなんだ
金稼ぎどもが俺のワインを飲んでるし農夫の奴らは俺の土地を耕す
ワインや土地の価値について そいつらのなかの誰もが知らねえんだ

俺たちの周りにも沢山いるじゃないか
人生が冗談のようなもんだって思ってる野郎が
でもお前や俺はもうわかってるのさ

そして俺たちの運命はこんなものじゃない
だから自分を偽って話すのはやめよう もうだいぶ遅い時間じゃないか


見張塔から見下ろして 王子が景色をずっと眺めていた
女達や裸足の召使い達が 行ったり来たりしているのを

遠くの外では 野生の猫の怒りのうなり声が聞こえてきた
二人が馬に乗って近づいてくる 風もうなり声をあげ始めた


C訳;
ここを抜け出す道があるはずだ 道化師が泥棒にそう言った
あまりにも混乱していて休むこともできない

実業家達は俺のワインを飲み、農民は俺の土地を耕す
彼らの誰一人として、ワインや土地の価値について知らない

そんなに興奮しなくてもいい 泥棒が やさしく言った

我々の周りにも、人生は冗談に過ぎないと感じている奴が沢山いるじゃないか

でもお前や俺は、もうそういった事を卒業したんだ
そしてこれは、俺たちの宿命じゃない

だからもうウソを話すのはやめようじゃないかもう夜も更けてきた

見張塔から王子達がずっと外を見張っていた

その間、女達や裸足の召使い達が出たり入ったりしていた

遠くのほうでヤマネコがうなり声をあげた
馬に乗った二人が近づいてくる

そして風が吼え始めた


D訳;
ここから逃げ出す方法が何かあるに違いないと、ジョーカーは泥棒に言った。

ここは混乱だらけだぜ」俺は気の休まることがない
商人たちは俺のワインを飲み、農民は俺の畑を耕そうとする
並んでいるヤツは誰もどんな価値があるのかすら知らないでいる

興奮する道理などないと、泥棒は穏やかに言った

俺たちの中には、人生って冗談でしかないと感じているヤツがたくさんいる
でも俺とお前、ずっとそうやって過ごしてきた
もちろんこれが俺たちの運命ではないさ
だから嘘っぽい話しはやめよう もう時間も遅くなってきていることだし

見張り塔から、王女は眺めていた

すべての女性たち、それに裸足の家臣たちが出入りするのを
はるか遠くで、野生の猫が唸っていた
馬に乗った2人の男が近づいてきて、風がうなりをあげ始めた




以上の通り、日本語訳にも色々あって面白い。私はB訳が好きだ。どこかサミュエル・ベケットを感じさせてくれる。


文学賞と言うくらいだからホブ・ディランの英語の歌詞が素晴らしいのだろうと思うけれど、英語ネイティブではない私にそこはよく分からない。



最後に
様々なアーティストにカバーされているこの曲“
All along the watchtower”のライブ映像を私の好みでリストアップしてみた。興味のある方は聞き比べてみて下さい。当然ですが全て歌詞は原文のままです。


今聞いてもDave Masonの演奏には心が揺さぶられるなぁ。KEZAIAH JONESはカッコよすぎ!


Dave Mason

 

The Jimi HendrixExperience


Grateful Dead

KEZIAH JONES

Bryan Ferry

 

Allman Brothers& Santana,

 

Lenny Kravitz& Eric Clapton

 

Bruce Springsteenand Neil Young

 

U2

Paul Weller


Dave MatthewsBand

Eric Johnson
 
Lazer Lloyd

Jess Greenberg

Pearl Jam

Char


George Harrison,Ringo Starr, Bob Dylan


Bob Dyran LiveOslo 2013







BobDyran


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本を読んだり、人の話を聞いたりしたとき
どうしても気になって、
なんとか答えを見つけようと思考をめぐらすんだけどその時には見つけられないことは多々ありますよね。

 


そんな時はインターネットで"検索"して
何かしらの答えを見つけることが出来るかもしれません。


でもいま一つしっくりこないことも多々。



そんな時、取りあえず自分の知識と経験から

何とか理解できるものに置き換え、分かったつもりで収める人もいる。


そうすることでモヤモヤ感は消え去りスッキリします。

今私はこの方法で解決しています。


 


でも、分からないことを分からないまま放って置ける人もいるようです。


そんな人には、ある日突然答えが降りてくる時が来るらしい。

 

そして「あっそうか!!」てね。

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数年前の疑問が解けた、至福の瞬間かも知れません。


何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけることなど、ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることをSerendipityと言います。

東大生、京大生に最も読まれている「思考の整理学」という本の中でSerendipityをテーマに扱っています。
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勉強家は朝から晩まで同じ問題を考えているが、いかにも勤勉なようだがさほど効率は良くない。

”田舎の勉強 京の昼寝”

考え事をしていて、テーマが決まっても一途に考え詰めるのは賢明ではない。
しばらく寝させて温める必要がある。

”見つめる鍋は煮えない”

人間は意志の力だけですべてを成し遂げるのは難しい。無意識の作用に負う部分が時には極めて重要である。

行きがけの駄賃のようにして生まれるセレンディピティが大事である。


「思考の整理学」の著者外山滋彦氏は言っています。


長寿はいいことだと、みんな思っているけれど、すでに吉田兼好は徒然草で「命長ければ辱(はじ)多し」と書いています。長生きするということは嫌なことをたくさん味わうことでもあるのです。それは避けられないけれど、岩山をよじ登っていくように、夢中でとにかく乗り越え、先へ行く力をつける必要がある。人生を満足できるように変えるのは独創的な思考です。



いま分からないことは、放って寝かせておけばいつか解ける瞬間が訪れる。


好きなアニメーター、宮崎駿氏が70歳過ぎてもまだ素晴らしい作品を作り続けている理由がよく分かる。


あっそうか!って発することかあるようです

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ぼ~って過ごしていても、新しいアイデアが浮かぶかも知れない大切な時間なんですね。

地球儀で見ると日本はほんとに小さな島ですよね。

世界の端にあるこの国が世界経済の中心いられるのは、やはり奇跡なのかもしれません。

航海地図
 

日本人の大好きな平等精神でここまで資本主義経済を完成させてきたといっても過言ではないでしょうか。


それが良くもあり悪くもあると思います。


哲学的思考がベースにある欧米人中心に進められてきたグローバル化は、宗教観が曖昧な日本人にとって目標が曖昧のまま、得意とする効率化最大を突き進んできてしまったように思えます。

 


戦後数十年は「国民の総中流意識」が国を挙げての経済成長に必要な原動力であったと思いますが、資本主義発展の結果広がりつつある経済格差は、もはや9割に達しようとする「下流消費者」が経済を押し上げるだけの原動力にはなりえないのかなあ。

先日テレビ番組に久しぶりに出演していた、ショーケンが米研ぎに2時間かけているという話に驚きとともに笑ってしまった。


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単なるギャップに驚いたというよりも、以前TEDでみた社会情動的選択理論の話を思い出したからなんです。


司会のダウンタウンは、自分達の憧れの俳優としてゲストに呼んだみたいですね。
「傷だらけの天使」のショーケンや水谷豊はヤンチャでカッコ良かった!!

 

彼らも年齢と共に俳優としての役柄は変わってきているようです。

当然ですが、60代後半でヤンチャはいただけない。

ショーケン


水谷豊はユニークな刑事役がハマっていて最近は我が家でも「相棒」を見ています。


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社会情動的選択理論

人は中年になり人生の残り時間が少なくなるにつれ限られた時間を意識する。

その結果、より自分を幸福にする選択をするようになり、自分の幸福につながらない義務感でやってきたことを切り捨てていくというのです。

 

長年面倒くさいと思いながらも義理で付き合ってきた友人と会うことを止めたり、不満を感じていた委員会の仕事を辞めたりと、徐々に変わっていくのだそうです。

 

つまり人生の優先順位が見えてくるんですね。

 

だから人は年齢と共に、より幸福を感じる様になるのだそうです。

 

そういえば私も、最近は以前より幸せを感じることが多くなっていると思うのは社会情動的選択理論があてはまってきたのでしょうか。確かに、常に新しいものを消費することで時代を生きているという感覚を持っていたサラリーマン時代とは違ってきています。


統計からみた我が国の高齢者(65歳以上)は27.7%に達しています₍2017101日現在)


マーケティング、流通、消費者行動といった分野においても、過去の事例だけでは対応しきれなくなってきているような気がします。


2019/3/29 追伸

ショーケンこと萩原健一さんのご冥福をお祈りします。




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数年前から、両手の指の先や節々がカサツクので薬局で保湿クリームを買ってきては塗っていたのですが、結果的に悪化してしまい皮膚の表面が乾燥してパキッと割れて出血するようになってきました。

 

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傷口がしみるので指用絆創膏常備するようになりました。更に大中小の指用サックまで常備するようになりました。それでもなかなか治らないので原因を調べるため皮膚科に行くことにしたのです。

 

結果、先生に言われたことはひと言「出来るだけ水に手を浸けないこと」でした。

 

何かの病気ではないことが分かりホッとしました。

 

でも、困った事があるのです。

 

それは、節約のために始めたわが家の料理担当が私のデイリーワークになっているので、水仕事が出来ないのは困ります。

レパートリーも増えて料理を作るのにいちいちゴム手袋をしなければならないのは面倒だ。

 

 

でも、この時ふと思ったのです

つま先から頭のてっぺんに至るありとあらゆる身体の一部を、これまでの人生で意識せず、どれだけこの身体を酷使してきたことか。

 

 

実は私、戦後最大の被害を残した伊勢湾台風が通過した翌日、台風一過を見るために川原に遊びに行ったのです。幅100メートルの川はかつて見たことがないくらい水位が高く、猛烈な勢いで流れていました。

私は岸に流れ着いた流木に片足を乗せて遊んでいたのですが、つるッと足を滑らせた瞬間
濁流の中に落ちてしまったのです。一瞬のことでしたが、今でも濁流の中でもがいていた自分と目に映った映像を思い出すことができます。

 

幸運にも、同じく台風一過の様子を見に来た近所のお兄さんに助けてもらえたのです。

後で話を聞いたところ、上着の首辺りをぐっと掴まれて引き上げられたみたいです。

助けてくれたお兄さんは我が家の目の前に住む吉岡さんの長男でした。

当時お兄さんは小学生高学年だったと思います。

年が離れていたので日頃一緒に遊ぶこともなかったので、その後お礼も言わないままになっています。

 

地元警察も来て新聞社も取材に来て翌日の新聞記事に載ったようです。

私は死ななかったのです。本人の意思ではなく生かされたのですね。

 

大人になっても時折当時を思い出すこともありましたが、思い出の一つとして扱っていました。でも今はこの奇跡的な出来事にもっともっと感謝すべきだと思っています。

 

 

指先のカサつきは、自分自身が生かされたこの身体のケアを怠ってきたことに他なりません。老人性乾皮症なんて言い訳です。

 

自分が生きている間は神様から借りているこの肉体をもっと大切にすべきだと思います。

しかも一度生かされたのですから。

 

 

好きなこと、やりたいことは常にこの肉体と精神が共に行動してきたことを思い出します。

何か仏教的な悟りのような考えですが、この世に生まれて与えられたこの肉体は神様の一部をお借りしているのだと考えるようになりました。

知恵は私個人が努力すれば一定量増えもしますが、肉体には寿命があり終わりがあります。

 

これまでの人生において、生かされた意味など考えることなく夢中に生きてきました。

生きて貢献できたことは、数万年前から引き継いで出来た人類の遺伝子を受け継ぎ、孫に引き継ぐことが出来たことくらいです。

 

私は人生という山を下山している最中ですが、知恵と体験はまだまだ増やしたいと思っています。

 

それは借りているこの肉体が機能不全を起こさないで存在している限りは続けたいと考えています。


まもなく東日本大震災から8年が経ちます。
今を生かされて私たちはそれぞれの人生と向き合いを、これからどう生きてゆくのか、たまにはじっくり考えるのも良いと思います。

指のカサツキをきっかけに人生を振り返ることになりましたが、生かされているかぎり、
今日も一日頑張るとしよう。

smileを日本語に翻訳すると3カ国に相当する言葉に置き換えられますよね。

 

笑顔 えがお エガオ

 

中国から伝来してきた漢字に始まり

その後日本語の音に合わせて使い易く、かなやカタカナが考えられて、いつの間にかそれぞれを組み合わせ使い分けながら今に至っています。


冷静に考えると、世界中でこんなことを普通にこなしているのは日本人だけです。

 


最近よくテレビ番組で日本人凄い!って番組やってますね。

その昔は日本人自ら「凄いだろう」って言わなくても、世界中からその凄さを賞賛されたものです。


例えば「Japan as Number One」(原題:Japan as Number One: Lessons for America)は、社会学者エズラ・ヴォーゲルによる1979年の著書。
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この著作の主要なテーマは、単に日本人の特性を美化するにとどまらず、何を学ぶべきで、何を学ぶべきでないかを明瞭に示唆した点である。


具体的には、まず日本の高い経済成長の基盤になったのは、日本人の学習への意欲と読書習慣であるとしている。

 

ヴォーゲルによれば、この当時の日本人の数学力はイスラエルに次ぎ2位で、情報については7位だが、他の科学分野についても2位から3位であるという。


ヴォーゲルは日本人の1日の読書時間の合計が米国人の2倍に当たることや、新聞の発行部数の多さなどにより日本人の学習への意欲と読書習慣を例証している。以上ウィキペディアから引用。


数学力は今でも5位辺りに位置しているようですが、読書時間の減少と新聞購読世帯の減少は日本語との接触時間がかなり減少してると考えられます。


現在の低成長の原因は学習意欲と読書週間の減少からくるものかもしれません。

 


そんな中、最近増えたテレビ番組の日本人凄い!の制作意図は何処にあるのか考えてみた。


・日本企業が戦後ずっと欧米企業のグローバル化に取り込まれながらも高度成長してきた理由は?
・グローバル化の中で日本文化や伝統の良さを置き去りにしてきたから独自の成長が止まったのか?


日本人凄い!とは、経済成長が止まっている今、改めて日本人自らに対して、日本文化の良さや優れた分野の再認識を促しているような気がします。

 


そこで今回は私の考える日本人凄い!の一つとして日本語を挙げてみました。

 gendai yogono kisochishiki

 

しゅうじ シュウジ 習字

 

ことば コトバ 言葉

 

おとな オトナ 大人

 

がっこう ガッコウ 学校

 

あい アイ 愛 AI

 

ひゃっきん ヒャッキン 100

 

かろうし カロウシ 過労死

 

ひせいきしゃいん ヒセイキシャイン 非正規社員

 

ねんきん ネンキン 年金

 

かいご カイゴ 介護

 

そんたく ソンタク 忖度

 

じんこうちのう ジンコウチノウ 人工知能

 

 

ひらがな・カタカナ・漢字を見るだけで映像が浮かぶなんてAI(人工知能)にも真似できないはず。

 

これこそ日本人凄い!と思います。

元々排他的(又は差別的)で減点思考の強い日本人には新たな発想が生まれにくい体質になっているのではないかと考えます。


予め基準点や到達点を決めているため、そこに届かない場合には不足個所を補えばOKになるのです。

 

学校の教育現場では科目に正解という虎の巻があるため先生は虎の巻との比較をして採点していればそれで問題は解決します

 

家庭の教育という場面では親の一般常識や世間認識がすべて。

二世帯・三世帯で同居していれば人生経験の違いのある大人が居るので子供に伝える幅は多少広くなります。

 

しかし核家族が多くなった現在ではそれは難しいといえるでしょう。

 

 

明治以降、欧米に追い付け追い越せと、坂の上の雲を目指してきた日本人。

数十年という苦労の甲斐あって奇跡の経済発展を果たし先進国入りもしました。

 

そしてフロントランナーとなった今、国は次なる到達点の設定が出来ずもがいているようです。


成長という漠然とした二文字だけが打ち出されているものの空回りしている気がします。

 

 

日本は地政学的にもヨーロッパ諸国とは違う伝統や文化があります。

そんな国が新たな発想を導き出す方法として、以前から私が考える日本人の体質改善の方法の一つに「対話と哲学の時間」があります。

 

フランスのように国家として文武両道の一貫教育に小学校から必須科目として哲学や日本の柔道を取り入れている国もありますが、それが日本人のお手本になるかは分かりませんが参考にはなると思います。

 

 

哲学対話とは難しい哲学書を読むのではなく、自分の言葉で話す方法です。

穴埋めシートを埋めたり、落としどころを見つけるのではなく、会話に白黒つけるのでもなく誰が何を言っても反論してはいけないのがルールです。

 

 

哲学対話に関しては、東京大学教授の梶谷 真司氏が数年前から実践しているプロジェクトがあるので一部抜粋してご紹介します

http://www.projectdesign.jp/201601/ningen/002667.php

 

-話す時は、様々な色の毛糸を束ねて作られた「コミュニティ・ボール」を受け取ること。

-「コミュニティ・ボール」を持っている相手の話に耳を傾けること。

-話の流れは気にせず、話したい時に話したいことを話すこと 

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 コミュニティー・ボール

「私達は自分の思っている以上に、自分の言葉を使って話をしていない。

話の落とし所を見つけようとするために、いつしか自分の話したいことではなく、その""に望まれることしか言わなくなっていく。

その結果、自分の発した言葉に責任が取れなくなっている」

 

 

哲学対話では、落としどころを見つけたり、議論のように「どちらが正しい」といった白黒をつけたりということが目的になるのではなく、参加者全員が一体をもって「探求の共同体」となること自体が重要になる。それゆえ、哲学対話は、参加者全員に何らかの答えが見つかり、すっきりした結論が出たときに終わるのではありません。

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自分自身の体験から物事を考え、そこから出た言葉のみで語ることを重要視する哲学対話という方法について知り、またその実践を間近で見聞きしながら感じたことがあります。


それは、答えを見つけることは勿論重要であり、どのような問題もいつかは答えを見つけなければいけないことは自明ですが、とはいえそればかりでは、いつしかまるで穴埋めシートのような応対しか出来なくなってしまう、という危機感です。


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何を言ってもよい場"が用意されることで、本来の自分が持つ「自分の言葉」に気付くこと。

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ネット社会になった今、仕事や日常生活を送る中で客観的に自分自身を観察していると

どうも日本人の悪い体質が強くなってきている気がします。

 

そして今回のテーマこそ、私のように高度成長時代を長く過ごしてきた人間に必要な思考ではないかと考え書いています。

芥川賞作家の玄侑宗久氏が先日ラジオ番組で「風」について語っていました。

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風の便りとか風の噂は何となく本当かなと思える。

例えば、あの人は結婚して今は何所其所で家族と幸せに暮らしているらしい

情報を風が運んできてくれるのをイメージすると、ほのぼのとした気持ちになる

 

風という字の元は、風冠に鳥で鳳

それが省略されノの下に虫は龍のことで、鳳と龍が起こすのが風だそうです

 

そんな良いイメージの言葉で使われるのは

 

風貌

風流

風格がある

風向きが変わる

風通しが良い

 

 

そういえば、私の好きな宮崎駿氏の作品でも風は欠かせない存在だと思い出しました

 

最近では風のうわさに聞く””風の便りなんて語り口を耳にすることはほぼないですね

 

 

方やネット社会で風と言えばレピュテーションリスク(風評リスク)が大きな問題です

企業に対する否定的な評価や評判が広まることによって、企業の信用やブランド価値が低下し、損失を被る危険が高まるという問題です

 

 

ほのぼのと感じる風とは全く違い、これは嫌な風ですね

 

 

最近、ネット上で炎上という言葉を見聞きすることが増えてきました


ある調査によると、炎上といわれる現象はネットユーザーの0.5%の人による書き込みに対して3%の人間が50回以上の書き込みを拡散することによっておこる現象だそうです。

 

気になるので情報通信白書からその数字を割り出してみました


2016の国内ネットユーザーは184万人なので、0.5%は504,200人、そのうち3%は約15,126人

 

え~たった15,126人

たった15,126人の仕掛ける書き込みが本当に炎上していると言えるのだろうか?

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まず私が炎上しているという噂を知る一次情報源は何か?考えてみた。


ほぼ、ほぼほぼ休みの日の昼間に見ているテレビから得ている情報だ。

 

なるほど!そういうことだったんだ。

 

例えば、

たった15,000人の拡散した情報をいち早くキャッチした文春が根掘り葉掘り調べた結果

書き込み情報の白黒がはっきりしたところで記事にするかどうか判断する。

次にテレビ局は毎日の情報収集にネット検索がルーティーンワークになっているのである程度の情報は掴んでいる、が確信を持っていない。

さあ、発行部数66万部の文春が今週号で書くことに決まるとすると、テレビ局は一気にワイドショーネタとして連日特集を組み文春ネタを全国に拡散する。

結果として、ネットにはほぼ接触しない人々が炎上情報を知ることになり文春も売れ、テレビの視聴率も増えるのである。

 

これもコンテンツにおけるネットとメディアの融合モデルということになるのだろうなあ。

いずれにしても、いい風がたくさん吹いてくれるといいのですが・・

経済的理由で子供の数が少なくなっているそうです 


子供は国家の宝だとして、教育費用は無償の国もありますが国家として教育に哲学を導入してこなかった日本においてはその発想を期待することは無理なことでしょうね。

高度成長時代に一般家庭の生活水準が上がるとともに、いつの間にやら高等教育は個人の選択なのだから、費用は個人負担というのがこの国の政治経済と一般世間の常識に定着してしまったと「18歳からの格差論」の著者である井出英策は分析しています。

農耕民族出身で、ある種の運命共同体組織で培われた日本人は、隣人との生活の差がとても気になるのだそうです。

同じでいたい。同じでいると安心できる。

確かにそう思います。

出来るだけ皆一緒で波風立たないことが良いのだと思います。
そうしないと、出る杭は打たれ、村八分なんて目にあいますからね。

将来的に意味のなさそうな習い事でも、お隣さんが始めると負けじと通わせる

我が家もそうだったなあ。


経済的には先進国で括られている日本ですが客観データでみる子供の貧困は先進国の中で群を抜いて増加しています

それでも隣の生活が気になるので、子を持つ親は何とか節約して頑張って子供に習い事をさせるのです。

先進国という括りの中で日本人の労働賃金は下がり続けていたのですが私たちは何とか中間層に留まっているのだと言い聞かせてきたのです。

貧困になりつつあることは感じても、プライドで貧困とは認めたくないのです。

まだ周りと同じだと・・

そんな状態になっても、世間体を気にし、自己責任を感じる悲しい国民なのですよ


また、先進国という括りで見ると日本のシングルマザーの貧困率は突出して高いそうです。

世間体を感じ、自己責任を感じる日本人が自ら得た収入だけで子育てするのは最早崖っぷちに来ているのではないでしょうかね。



いま日本人の7割が高等教育を受けています。子供をホワイト企業に勤めさせようとするなら、やはり大学卒と言う肩書はあった方がいいのかな?

AIの指数関数的進化で2045頃には現在ある仕事の90%はAIで対応できると予測している学者もいます。

そんな2045年頃の大学卒にはどんな仕事が待っているのでしょうか。益々日本人には生きづらい時代がやってくるのでしょう。

アングロサクソンは根本的に日本人とは違い強靭な精神力が備わっているということを忘れてはなりません。

 

子供のイベントと言えばハロウィーン
今や世界中同時開催のイベントで、日本でもここ数年は異常な盛り上がりですね。でもハロウィーンは外国の伝統行事です。

日本にもハロウィーンに劣らない子供たちのコスプレのようなイベントはあるのです。

稚児行列がそれです
無病息災を祈るために、子供自身が神様に仕える日本の伝統行事なのです。
見たことありませんか?

男児は烏帽子、女児は天冠を被り華やかな稚児装束に身を包み

お化粧をした3歳~10歳の子供たちが町中をパレードするのです。

多くは春に実施しているようですが、秋から冬にかけて募集している寺社もあるようです。

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かわいいですね!


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見ているだけで癒されませんか?

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これぞ日本の伝統行事って感じですね!

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これは麻布十番の稚児行列


今やイベント業者に仕組まれた渋谷のハロウィ-ン。

いつか、たくさんの稚児行列が参加できる時が来るのかなあ?

その時はこの国の未来が変わり始めていることに気づくはずですね。


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何故私たち日本人は自ら窮屈な状況に追い込んでいるのだろうか?

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もったいない運動のイメージキャラクター「もったいないんジャー1号~3号」
※古河市立諸川小学校ホームページから引用

 

モッタイナイ思考が当たり前に浸透していた日本人からモッタイナイ思考が無くなり始めたのは第2次大戦の敗戦後からだと思います。敗戦によりそれまでの日本人の伝統文化や価値観を全否定されたことに原因があるように思います。

 

敗戦後に再開した小学校の授業初日、先生の第一声「みんな、物を大切にする必要はないんだよ!使って壊れたら又新しい物を買い換えることで生活は良くなって行くのだから!」

 

あちこち黒塗りされた教科書を基に、教師はバイブルのように生徒に消費の必要性を教えるのです。

 

頭では矛盾を感じながら、消費こそが国の再生に繋がるのだと、小学生に教え始めたのです。


以前、ドキュメンタリー番組で倉本聰さんが小学生の時の経験としてお話しされていました。

 

それがキャピタリズム。

資本主義が日本人の生活を豊かにしてくれる指針。

 

敗戦からの驚異的な経済成長は世界の奇跡とまで言われて、日本人が模範としたアメリカ型民主主義と西欧型経済学は瞬く間に日本人の生活に定着したのです。

 

私の生まれた田舎でもご多分に漏れず

テレビ、洗濯機、冷蔵庫は私が小学生

の時にはほぼ揃えることが出来ました。

 

洗濯機は親戚から譲り受けた中古品でしたが、寒い冬の手洗いから母親は解放されたのです。

 

所得倍増と文化的家電製品の所持が個人の成長の証。まさに今の中国が私の経験してきた生活が豊かになる過程にいるように見えます。

 

 

世界で最も拝金主義国家になり、世界で最も深刻な家庭崩壊に突き進み、世界でも例を見ない現役世代の自殺が毎年続いている。


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何か辛く寂しい話しになってしまいましたが、これが私たち日本人が戦後歩んできた道であり、自ら越えなければならない課題なんだとつくづく思います。

 

消費オバケと変容してしまった私たち日本人が、終わりなき資本主義の先を見極める時期に来ているような気がします。

 

日本人がこの島国で培ってきた文化や歴史を改めて学ぶことで、も少し知恵を備えた消費オバケにフュージョン出来るのではないだろうか。

 

フュージョン!

 

 

アメリカ大統領が代わった。

二期続いた民主党政権からようやく共和党政権に変わった。民主主義国家アメリカにおける二大政党制の結果ですね。

 

数百年しか歴史のないアメリカも自ら変わろうとしています。強いポピュリズムだと言われていますが変わろうとしています。

 

Amazonの配達が早くなったのも資本主義経済における効率化のお陰だが、そこでは賃金を貰って働いている人間がいることに世間も気がついたのです。
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企業にとって、効率化の究極目標はタダ働き!

働かざる者食うべからず!

 

厄介なことに、この矛盾をAIは解決してしまいそうです。

アメリカや日本では新たな消費お化けが出現しそうな予感が・・・

こわいこわい!!


日本に現存している妖怪を一部紹介します

●妖怪"初物すき~"

常に何か新しい情報やモノに触れていないと落ち着かない妖怪。人間の姿をして人間界に紛れているのでなかなか見つからない。一度試したり味わって消費してしまったモノには興味が薄れやすく居場所の特定が難しい。

日本初上陸、門外不出、本日オープンなどというキャッチコピーに敏感なので、見つけるとしたらその辺りを観察する事をお勧めする。

●妖怪"ブランド羽織"
自分に自信の無い妖怪。
世間の皆から注目を浴びるのは嫌いではないので、ひとたび高級ブランド品を身に纏ったらその様は、キラキラと自身に溢れて輝いてくる。

何故か金回りのいい妖怪だ。

●妖怪"旨いモン"
どんな料理でも一瞬にして美味しく見せることが出来、しかも小脇に抱えた巾着袋に入っている妖怪粉末をかければどんな酷い味でも美味しいと感じるようになる。でも、一晩経つと全て元に戻ってしまうので、うっかり残り物を食べると酷い目に遭うことになる。

レストランや食堂に出没するので、まわりに居ないか気を付けて。

●妖怪"ポッキリ"
買い物に悩んでいる客を見ると、すかさず登場する妖怪。
口八丁手八丁で客を丸め込み、最後は値段をポッキリ丸めて安く見せるのが得意な妖怪。
関西方面によく出没するらしい。

口から唾を飛ばす傾向にあるので、気を付けてみると見つけることが出来るかも?

●妖怪"星4っつ~"
ネットショッピングしている時に知らぬ間に後ろに立っているが姿は見えない。
リコメンド技能をいたずらして元々星1つしか付いていない商品に対して星4つ、星5つ
を乱発しては買い物客が納得している姿を見ては楽しんでいる。

無責任な買い物誘導するのが大好きな妖怪なので、買い物に悩んでいる人はこの妖怪出没にお気をつけあれ!本当に星4つか、みんなの声を参考にしましょう。

●妖怪"長蛇の列"
ラーメン屋さん等で人気の店はいつも長蛇の列。だから、時間に余裕のない人は諦めるしかありませんね。本当に好きかどうか分からないのに、何となく列に並んでしまう。実はこれは妖怪の仕業なんです。

この妖怪は、人を磁石のように引き寄せるのが大好きなんです。

●妖怪"限定好き~"
ここでしか手に入らない、今だけ期間限定なんて話を日常的に聞きますよね。
実はこれ妖怪の仕業なんです。
手に入らないと分かると大暴れして建物を破壊したり人から奪ったりして人に迷惑かける妖怪。

普段はおとなしく人に危害を加えることはないおとなしい妖怪なんですがね~。

● 妖怪"ぽいんと"
"限定好き~"と親戚関係にある妖怪。
買い物したら見返りが得られないと暴れる妖怪。昔はモノを欲しがっていたが、今は買い物ポイントを貯めては貯まったポイントで好きなモノを買うという繰り返しに満足している。

ポイントが無くなると突如暴れ人に迷惑をかける我儘な妖怪。


インターネットの普及に伴って人と人の直接対話時間が減少し、コミュニケーションの劣化が進んで言われて久しいですね。

コミュニケーション障害の子供達が増加しているのもわかります。


でもメールでのやり取りなら便利な絵文字を使って気持ちを伝えることができるんですね。大人になって絵文字ばかり使うのも困り者ですが。便利さは否定しません。

日本語には必ず間合いがあるので、その間合いを利用して絵文字を挿入すればうまく気持ちは伝わると思います。

例えばこんなやり取り
「( TДT)ー、帰り際に上司からいきなり資料作れって(*`∀´*)ノヨロシクナッ友達と飲みに行く約束してるっつーの!怒(σ`Д´)σ怒」

間合いの活用はともかく、このことは日本に限らず世界中で起っている現象だそうです。


しかし、実は日本人はコミュニケーションにおいて世界でトップクラスの絵文字、顔文字、オノマトペを使いこなす稀有な民族であることを忘れてはいけないのです。

(`・∀・´)エッヘン!!


300年前(元禄時代)
識字率が低い日本で、現在の岩手県二戸郡安代町に住んでいた善八さんという方が、般若心経262の文字を絵に置き換えて、字を読めない人にも面白くわかりやすくして、地元東北地方で教え広めようとしたそうです。

なかなかクリエイティブな人がいたものです。


実際、般若心経の文字と絵文字を比較してみると当時の生活感がよく伝わってきますね。

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これはその後江戸に広まり、とても流行したそうです。

これぞまさしく絵文字ではないか!!

冒頭の”まか”なんて、釜を逆さまに書いてるし、”くう”は人が何か食べてるところで表現したり、”ち”はお乳、”う”はウサギ

東北地方ではシをスと発音するので、シキが鋤(スキ)になり、ナイをナエと発音し苗であらわしたりと、ユニークな発想と東北地方ならではの方言が見てとれますが、凄いぞ善八さん

 


以前私は顔文字や絵文字を使うのは子供っぽいと思っていたのですが、日常的にe-mailを使うようになってからは、その時時の気持ちを伝えるには最も効率の良い文字ではないかと考えるようになりました。

 


顔文字や絵文字は海外にもありますが、とてもシンプルなものばかりです。


日本人の感情表現には今一つですね。

しかも顔の向きが横向きっていうのがちょっと・・・

:-) ハッピー!

8-> ウレシー!

:-] イヒヒヒ(皮肉な笑い) 

:-... すごく悲しい

:-c がっかり 

:-o びっくり!

:-o びっくり!

8-( びっくり!

:-Q タバコ吸ってる 

:D ()

:-|| 怒ってる!

 

その代り英語の場合省略語をよく使いますね。

今や日本のビジネスシーンでも当たり前に使われています。

 

CUSee You またね

ASAPAs SoonAs Possible できるだけ早く

FYIFor YourInformation 参考までに

ICI See なるほど、わかった

POVPoint OfView 観点、視点  

 



さて、肝心なオノマトペについて簡単に説明しますと

オノマトペとはフランス語で擬声語を意味する言葉で、ものが発する声や音を表した擬音語と状態や心情などを表した擬態語に大別されます。


このオノマトペこそが日本人がもっとも得意とする表現方法で世界でも類を見ないほどの多さだそうです。


擬音語
シトシト(雨が降る)、ゴロゴロ(雷が鳴る)
ドキドキ(心臓の鼓動)、ビリビリ(紙が破れる音)
バタン(ドアの閉まる音)

擬態語
メラメラ、よぼよぼ、ふらふら、キラキラ、
ぴかぴか、ふわふわ、ツルツル、さらさら

皆さんも、これらの言葉を読んだり、音を聞くだけで脳内にハッキリイメージすることが出来ませんか!

日本語って素晴らしいですね!

オノマトぺは、言い表すことが難しいことをひと言で伝達することができるので、コミュニケーション能力の低い子供たちの間ではとても便利です。


LINETwitter、携帯メールなど短文でのやりとりに顔文字とセットで多用されているのが一般的ですね。


知らなかったのですが、スティーブ・ジョブズ氏は「オノマトペの魔術師」
とも呼ばれていたそうです。

彼は、プレゼンで、製品に注目してほしいときや製品の素晴らしさを強調したいときに、強調したいポイントを伝える前に「ブン!」「ボン!」という濁音と撥音を組み合わせたオノマトペを発して、人の注意を引きつけ、興味をそそっていたそうです。

映像を探してみましたが、残念ながら参考になるものは見つかりませんでした。
 

 

“Emoji”ד顔文字”×”オノマトペの組み合わせこそが日本のデジタルコミュニケーションにイノベーションを引き起こしているのかも知れません。

 

すべて、我々日本人の言語の歴史と文化の延長線上にあり、論理や公式などでは決して捉えることができないのだと思います。

日本人が持っている本能のようなもので、むしろ体が記憶していることを自然に表現しているだけかも知れません。

デジタルの世界でも日本語は今だ未来に向かって進歩しているのだと言うことです。

 

般若心経が日本人の生活の中に共通思想や共通哲学を持ち込めたのも、日本人が純粋で受容性が高く知性の高い民族だったからではないかと思います。

そして、なんといっても善八さんが、般若心経を皆に伝えたいがために絵に置き換えてみたことが今に続くイノベーションだったのだと思います。

 


対話とデジタルの融合で、これまでにない新しいコミュニケーションツールを
生みだしているのであれば、コミュニケーションの劣化問題は別の方法で解決できるかもしれません。

未来に期待したいところです。



White logo

妻の父親は国鉄職員だったこともあり、よく時刻表を広げては、ある目的地を決めて、目的地まで電車に乗り継いで行った場合、最短の時間で一番安く到着するルートを探して楽しんでいました。

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義父にとって、時間の最適化や無駄のない乗り継ぎ方法を探すという行為は、長く国鉄に勤務した結果、身についた習慣だったのです。時刻表一冊で一人楽しんでいたんだなあと今更ながらに思い出します。

 

今はスマホさえあれば瞬時に答えを出してくれるので、そんなことを楽しみにする人は殆どいないんだろうな。


でも、鉄男や鉄女と言う熱烈ファンが存在しているようなので色々な楽しみ方は有るのでしょう。


そんな思い出から、今回は効率顧客満足度をテーマに書いてみました。

「業界最高の顧客サービスの提供」
を標榜するのはアメリカ最大の高級百貨店 ノードストロームの戦略です。

元副社長だったベッツィ・サンダースの来日公演や書籍「Your PleasureisMy Pleasure(邦題:お客様の喜びは、私の喜び)やベストセラー「FABLED SERVICE」(邦題:サービスが伝説になるとき)でも紹介していている企業なので名前はご存知の方も多いのではないでしょうかね。


ノードストロームはシアトルの靴屋さんから始まり、
徹底した顧客第一主義で顧客を最優先にして急成長した百貨店だそうです。


顧客の満足のいく商品を取り寄せ、顧客の最大の満足を得ることを従業員のプライドとする独特の企業文化を形成しています。


いつでも、
何でも、
どこからでも、

これを聞くと、何かスーパーマンの様な会社ですね。

全米で最も薄いとされるノードストロームの従業員ハンドブックには
「どんな状況下でも、自分のベストの判断で、行動をしなさい。それ以外のルールはありません。」と記載されています。

 

日本でこんなことを書いていると、何か怪しいブラック企業ではないかと疑いたくなりますね。

ノードストロームでは、従業員の力を信じ、その信頼に応えるのです。
期待された従業員は、売上と言う形で、これに報いる努力を惜しみなくすることをノードストロームの従業員の誇りとして行います。これが企業風土として定着し、上司からの命令で働いているものではないんだそうです。


言うことに一貫性のない上司と顔を突き合わせざるを得ないサラリーマンにとっては、正に夢のような環境でしょうね。


このノードストロームの成功が他の企業にも影響を与え、後の米国経済再生のきっかけとなった「ノードストローム現象」として有名となったそうです。

 
どうやら本物だったのですね。

 

ノードストローム入社時には薄い従業員ハンドブック5インチ(12.7cm×8インチ(20.32cm)サイズで、中には75単語が書かれたユニークなカードを渡されるんだそうです。

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壁に貼ってある筆文字の社訓で説明されるより、企業の哲学を具体的に一冊の本にまとめて全員が同じものを持っているのはとても分かり易く納得できるものです。


刷り物にするということで、曖昧さがなくなり、言い訳が通用しなくなりますね。


サラリーマン時代、会社から社則を渡され何度も改定を繰り返していたことを思い出します。時代に合わせて修正をしていたのです。

そこは外資系でよかったなぁと後になって思いました。


日本企業の多くは昔から服の胸に社章を付けさせますが、終身雇用が終わった今、胸に社章を強要するのは違うんじゃないのかと思います。


中学・高校時代は当たり前のように学ランにバッジを付けていましたが、「当校の生徒であることに自覚をもって行動しなさい」的な意味合いがあったので、それは今でも有効だと思います。


Welcome to Nordstrom

We're glad to have you with ourCompany. Our number one goal is to provideoutstanding customer service. Setboth your personal and professional goalshigh. We have great confidence in yourability to achieve them.

Nordstrom Rules: Rule #1: Usegood judgment in all situations. There will be

noadditional rules.

Please feel free to ask yourdepartment manager, store manager, or divisiongeneral manager any question atany time.

 

ノードストロームへようこそ

私たちはあなたを歓迎します。私たちの一番の目標は、お客様に格段のサービスを提供することです。

理想はあなた個人としても、また本社社員としても、高く持ってください。私たちはその理想を達成できると確信しています。


ノードストロームの規則はこうです。
はじめに、どのような場面でも、判断力を有効に利用してください。それ以外には規則はありません
あなたの働く部門のマネージャーや、店舗マネージャー、あるいは地区のゼネラルマネージャーにもどのような質問であれ、いつでも気軽に質問してください。


この現場主義はノードストロームの組織図が物語っています。

驚いたことに、通常の会社組織図とは正反対の逆三角の形をしています。

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何かといえば「それは自己責任だ!」で片づける上司や経営者の責任のなさが蔓延している日本社会。

政治家はもっと酷い。記憶になければ無かったことで通し、記録に残っていれば黒く塗りつぶす。酷いもんですね!
きりが無いから、正常な話に戻します。

見た目のこんな工夫が社員のモチベーションを上げるのだと知ってほしい。
「絵に描いた餅」ではなく、責任を伴う組織図に組み込んで欲しいものです。

 

顧客が最上部に掲げられ、その下には顧客を支えるようにして販売担当者が陣取り……そして取締役会および代表取締役CEOは一番下に位置しているのです。

そしてノードストロームでは働く最前線の店員を企業家と捉えているためアメリカ企業でありながら、何と!マーケティング部門はないそうです


このハンドブックが単なる絵に描いた餅でない証拠に有名な話があります。

 

タイヤ伝説
1970
年代にアラスカ州のフェアバンクスのノードストロームで起きた出来事です。

フェアバンクスのノードストロームはタイヤ販売店の居抜き物件でした。ノードストロームが移転してきたばかりのころ、ある顧客が「ここでタイヤを買った者だが」と言って来店したと言います。

そして返品をしたいと言ってきたのです。

しかしながらノードストロームではタイヤを販売したことなど一度もなかったのです。普通に考えれば返品はお断りをするところでしょうが、この店にいた販売員は、その顧客への返品を受け付けたのです。


そのような出来事は他にもあり、例えば、ある店員は顧客が求めるサイズの在庫品がなかったので、通りの向こうの競合店まで走って行って買ってきたり、顧客が洗濯表示通りに洗濯しなかったために、縮めてしまったシャツを引き取ったり、ということを行っています。


この場面の当事者が今の自分だったら絶対信用できるお店としてノードストロームに通い続けるでしょう。


返品自由のノードストローム
ノードストロームは、顧客がいつ買ったか、レシートの有無にかかわらず、理由を問うこともなく、事実上あらゆる返品を受け付け、払い戻しに応じるという方針を採っています。


その決断を下したのは1929年の大恐慌の影響で経営が苦しい状況に置かれている時でした。創業者の息子たちであるエバレット、エルマー、ロイドがその決断を下したのですが、その理由が、何と、いかにも理屈に合わない理由で返品したがる顧客への対応が嫌だったから、と言います。

 

小売業にとって返品はどうしても発生してしまうものです。それならば、一切顧客と争うことをしないと決め、販売員にも絶対に争わないように申し渡したのです。
エルマーは「われわれは販売員に『お客様が満足していない場合、当店に来ていただき、望み通りのサービスを提供するように』と伝えたのだ」と語っています。

 

ノードストロームの新入社員たちは、勤務の初日に「規則その一:あらゆる状況において、よき判断を下すこと。以上。付則なし」というルールを教え込まれると言います。また、ノードストロームでは従業員に自由裁量が与えられています。

 

このような方針により、権限を与えられた従業員と、従業員が顧客の立場に立って全力で解決策を探すよう導く企業文化が培われているのです。この風土によりタイヤ伝説が一例として生まれ、そして、大恐慌を乗り越え、今のノードストロームの地位が作られているのです。

 

ノードストロームの返品方針は一見合理的でないように見えますが、この返品方針には十分な効果があると、多くの調査研究でも明らかになっているようです。

 


このような企業のあり方を研究し発表した3名の行動経済学者たちはノーベル賞を受賞しています。
2002年(ダニエル・カーネマン、プリンストン大学名誉教授
2013年(ロバート・シラー、イェール大学教授)
2017年(リチャード・セイラ、米シカゴ大学)

 

返品の壁を低くすることで、最も明快にもたらせる効果は、人を買う気にさせることができるということだと言います。人間は間違った行動を最小限にとどめたいと考える生き物です。すなわち、返品ができることで、購入によって失敗したという後悔が少なくなり、購買意識を喚起することができるのです。



恥の文化が根付いている日本では、なかなか自主的には思いつかないアイデアですね。


ノードストロームの返品方針は、長年、企業風土として培ってきたもので、簡単にできるものではないと思います。しかしながら、この方針は間違いなく同社の強みとなっています。


社会心理学と行動経済学をうまく融合している例ではないでしょうか。


顧客サービスをいかに高めるかという点でも今でも十分参考になる例だと思います。

 

次に、ノードストロームとは真逆に、企業内にしっかりとマーケティング部門を置き、徹底した合理化や効率化を追求したアメリカ発の世界的優良企業を紹介します。

それはマクドナルドとP&Gです。


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日本ではまだマーケティングという概念が一般的でなかった時代、徹底した市場調査を行い、あらゆるデータを分析し、クリエイティブ含め科学的広告戦略を立て、P&G水 ぬるま湯 お湯で全温度チアーを、マクドナルドは味なことやるでハンバーガーを日本に上陸をさせたのです。

この2社の成功には、清潔好きな日本人と新しもの好きな日本人を、徹底的に市場調査分析した科学的マーケティング手法の幕開けだったのではないかと思います。

 

幸運にも私はマクドナルド日本上陸時と、P&Gの全温度チア日本ローンチを担当した広告会社に入社することができました。

世界市場を舞台に展開するP&Gのマーケティング戦略に直接関わることができたことは本当にラッキーでした。マーケティングにおける効率化の意味や、合理的な取り組みとはどんなことなのかを目の当たりに学ぶことが出来ました。


進化し続けるテクノロジーを生き物の様に吸収し続けるコングロマリット企業のダイナミズムは、頭で学んだ知識ではとうてい理解することは出来ない事も分かりました。

常に地球規模での効率化を追求し続ける企業姿勢には、良い意味で金太郎飴的な印象を強く受けました。

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一般消費財で世界に進出する企業は、先ずは成功例を導入して、その国に合わせ修正するのが一番手っ取り早く、無駄のない展開なのです。

 

マーケティング担当者とすれば既に世界で成功している成功例を適合させてから必要に応じて地域性に修正してゆけば良いのです。


マーケティング界の巨匠ドン・シュルツ氏が2014年に来日した時にこんなことを言っています。

「これからのビジネスは、マーケティングが中心ではなく、カスタマーが中心であるべきです。真ん中にはマーケティングではなく、お客さまを理解する部門や機能が中心にあるべきだと考えます。CMOがどうのというよりも、まずお客さまを中心に考え、お客さまとの関係を踏まえて周囲に必要な機能を配置する。その上でコミュニケーションを統合していく必要がある」

 
まさにノードストロームの哲学にある逆三角形の組織思考が必要なのかもですね。


もの消費からこと消費に移行しつつある今、長期的で安定したな顧客満足度をキープするためには、それぞれ多様性に適合させるためのグローバル基準とローカル基準が必要になってきたのではないかと思います。

 

グローバル企業は適合性アダプテーションから地域性ローカライゼーションへ速やかにシフト出来なければいずれ撤退することになるでしょう。

 

顧客の進化とサービスの在り方について、日本の顧客サービスの在り方で世界に認められている星野リゾート社長の星野佳路氏がテレビ番組でこんなことを仰っていました。

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「過去30年間は世界大旅行時代の進化だった。


当時のチェーンホテルの概念は世界中に同じスタンダードなホテルを作る事だった。


どの場所に行っても、どの国に行っても同じレベルのサービスが受けれた。これが凄いことだった。この結果何が起こってきたかというと、世界を旅行する人たちが洗練度を上げた。同じであるということに満足度以上に、地域らしさを求めるようになってきた。

 

つまり、旅行者が進化してきた。

 

そういう時代におけるサービス提供者としては日本の旅館業のサービスの在り方が、世界の人が待ち望んでいたものに合致すると確信した。

今そこにお客様が寄ってきてくれている。

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日本旅館の歴史やメソッドを踏まえたおもてなしの方法なるものが世界で認めてもらえるチャンスが訪れて来たのではないかと感ずるしそういった新しい環境が誕生しつつあると考えています。」


星野リゾートではお客様係がそのお客様にとって心地よいと思うサービスを独断で決めて提供することが許されているそうです。

 

つまり星野リゾートもノードストロームも顧客に対する精神は同じなんだと思うのです。

 

日本人が日本人の生活様式の中で培ってきたおもてなしと多国籍国家のアメリカ人がそのアメリカ人に対するサービス精神の根本にあるものはある種同じではないかと思うのです。

 

家の近くにあるコンビニのお蔭で、生活に必要な商品がすぐ手に入り、インターネットのお蔭で居ながらにして商品を取捨選択でき、しかも自宅まで配達してくれる。こんな便利な世の中になった今、生活者にとっての満足度は手続きの便利さと低価格のみに集中しているような気がします。

 

顧客満足度(カスタマー・サティスファクション)を高めて顧客忠誠心(カスタマー・ロイヤルティー)を上げるためには?

 

星野リゾート社長が言うように進化し続けているお客様にたいして、欧米型の上下関係に基づく一律サービスではなく、地域性を生かした現場主義に判断を任せることのできる会社経営が必要になっているのかもしれません。

 

最後にこのブログを書いている2014.12.29の新聞に気になる記事があったので記しておきます。

百貨店大手の三越伊勢丹が来春から、国内の販売担当の社員を対象に、販売実績に応じた成果給制度を本格導入することがわかりました。同社には年間1億円以上を売り上げる販売員もいるそうですが、現在は優秀な人でも年収1000万円に満たないそうです。

 

今後は、最も優秀な販売員は、年収が役員並みの水準になるようにしたい考えで、販売員のやる気を高め、サービスの質の向上を図るそうです。小売業界ではコストを減らすため販売員の賃金は比較的抑えられがちで、ブラック企業の特徴の一つに数えられます。成績をそのまま給料に反映させるのは極めて珍しいそうです。販売実績の高い上位数十人の社員を対象に2015年度から導入し、16年には販売担当の社員に幅広く適用する方針と言っています。「売り場や取扱商品などを考慮したうえで実績に応じた給与を支払う。」同社首脳は「役員並みに給与をもらう販売員もいてほしい」と話しています。

はんぱない
2018ロシアワールドカップで活躍中の日本代表選手には頑張ってGL突破して欲しい。

前代未聞の開幕2カ月前監督交代にも拘らず、本番では見事なチームプレイを見せてくれている彼等に感動しています。

選手1人1人はきっと、小中高時代には天才と呼ばれていた選手ばかりだろうと思います。

相手チームのキャプテンに試合後のインタビューで「半端ないって」言わしめた大迫選手もそんな天才の一人です。

私個人的には、天才肌ではない長友半端ないって思います。

今やメンタル、フィジカル共に世界レベル!
「わたしゃも少し背が欲しい!」

言い方は違いますが、事実ご本人が仰ってました。


世の中には天才達とかつて「マッチアップしたことがあるよっ」って仰る方々もいることと思います。

そんな天才達を目の当たりにして打ちのめされ、叩きのめされたと感じたこともあったでしょう。又は「当時は俺の方が凄かった」と言う人もいるでしょう。

今回「大迫半端ないって」で私にもそんな経験があったことを思い出しました。

と言っても趣味のギターの話ですが(笑)

それは、エリック・クラプトンのライブ演奏を聴いた時の事です。

彼がクリームというスーパーバンドのギタリストとして世界に名を馳せていた時のライブアルバム「Live at Winterland1968」に収録されている“crossroads”でのソロ演奏を聴いた直後の事です。まさに呼吸困難に陥った状態でした。「ゼイゼイ!」
https://www.youtube.com/watch?v=MF5fQXVZGug

このLive演奏を聴いて心底「クラプトン半端ない!」って思ったのです。


その演奏からはスーパスターの華やかさより、追い詰められ逃げ場のないぎりぎりの所で、何とか踏みとどまっている一人の人間の生き様が伝わってきたのです。(あくまで個人的感想です)

今聴いてもその緊張感たるや凄まじく、未だかつてこれを上回る演奏を聴いたことがありません。

今日も聞きましたが、又もや呼吸困難に!

ギター演奏が上手なギタリストは山ほどをいるけれど、演奏している人間の繊細さとか心の叫びを聴いた唯一の存在です。

私が若くて感受性が豊かだったからかも知れませんが、今でも緊張感や我慢が必要なときにはこの曲を聴くようにしています。


さて、日本代表もグループリーグ一勝一分けで最終戦にもつれ込むことになりました。

半端ない代表選手達には最後まで頑張ってもらいたいと思います。

きっと29日の渋谷は半端ないだろうな。

皆さんにもきっと「これ半端ない」って思った経験あるでしょうね。

私はipodをPCに繋いでpodcast番組を更新して聞くのが日課です。

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主に著作権フリーのラジオ番組ですが、無料の番組が多くあるのでほぼ新聞代わりに聞いています。

複数の番組を登録しているので旬な情報はそれぞれの番組の視点で論評もしてくれて、目で文字を追う必要がないので場所を選ばず、どこでもハンズフリーでとても助かっています。

最近では耳で本を読むAmazone Audibleなども流行っていて、老眼の人には大助かりでしょうね。

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主に家から駅までの道路を歩く15分程度に集中して聞くようにしていますが、クルマも通る狭い道なのでイヤフォンの片方は開放した状態で聞くようにしています。

60分前後ある対談番組などは一度に聞き終われないので、細切れに聞くようにしています。場合によっては聞き終わるまで一週間くらいかかってしまうこともあるので、出来るだけ休みの日に散歩しながら聞くようにしています。

 

そんな中、スマホ用の無料ニュースアプリを試しにダウンロードしてみたところ、出るわ出るわ画面いっぱいい画像付ニュースの山。



家のパソコンで見ている時には画角も大きいので一度に表示されている文字数も多く読みやすかったのですが、スマホで表示されている画面でニュースを読むのは上下左右にタップを繰り返さねばならないので結構目も疲れます。

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前のブログにも書いた新興ニュースメディア(最近はキュレーションメディアと命名されております)の充実ぶりには目を見張るものあります。

しかしながら気が付いたら便利な無料アプリのお蔭で、毎日の日課であるpodcastを聴くこと以外に取っておいた「考える時間」がなくなっていました。


私のキャパオーバーが原因とは理解していますが。

残念ながら私には使いこなせないと判断し、数日後にアプリをアンインストールしてしまいました。



一橋大学大学院の楠木教授はこの点について「仕事」と「趣味」に分けて情報量のインプットに制限をかけることを明快に記述しています。

人間の脳の処理能力は増えないことを前提にすると、アテンションとインフォメーションの総量は一定になるので、情報の総量がふえるほどそれぞれの情報に対する注意は減る、つまり考えることができなくなる。http://www.nikkeibp.co.jp/article/miraigaku/20140403/391286/

アプリを使いこなせなかったのが私の能力だけが原因ではなかったようなのでホッとしました(笑)


思考を取り戻すために手っ取り早いのが、情報を遮断することだと言う教授は3年間でテレビを18分しか見ていないそうです。

テレビ好きの私には18分は決して手っ取り早い方法ではないので、質の高いテレビ番組から得る情報も含め情報の消化不良をおこさないよう工夫してゆきたいと思います。



appstore

皆さんは無料アプリで情報の消化不良に陥っていませんか?


無料アプリは上手に使いこなしましょう!!



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今では死語となってしまった、レコードを買う時にはジャケ買いというのがありました。

レコード全盛時代、海外でヒットしたミュージシャンの輸入レコードは増えるばかりで、学生だった私には輸入レコードを買い続けるには金銭的な限界があり、いつしかジャケ買いという買い方にならざるを得なくなっていました。
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中身の分からない福袋を買うようにレコードを買うのですが、唯一判断材料になるジャケットのデザインだけで知らないミュージシャンのレコード購入にチャレンジするのです。

だからいつもレコード針を落とす瞬間がとても緊張しました。

デザインでイメージした音と一致していた時にはいい買い物をしたと大満足でした。

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さて、本の書き出しだけまとめたwebsiteがあるのをご存知でしょうか?

Websiteの作者曰く「本の書き出しは筆者の命の断片なので、偶然目にした一冊で人生が変わるかもしれません書き出しの中から自分を呼ぶ一冊を見つけてください

レコードのジャケ買いにイントロが追加されたみたいですね

本のジャケ買いも、カバーデザインや帯に書いてあることが中身を想像する唯一の手がかりです。それに、イントロ部分の書き出しが加われば、レコード盤に針を落とす瞬間よりも多少緊張感は軽減されると思います。

以下のサイトで知っている書き出しや読んでみたくなる書き出しに出会ってください。

http://kakidashi.com/

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書き出し


「お互い長い付き合いなんだから、過去はいったん水に流してもう一度やり直さないか?」「そだね~あなたがそこまで言うのなら、そうしてもいいよ」

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どこかで聞いたことのある会話だと思いませんか?

 

知の巨人、加藤周一氏が、大陸ごとの時間の捉え方を分析した著書「日本文化における時間と空間」の中で、日常生活の習慣にそんな会話が日本人には特徴的なことであると結論つけています。

 


日本では、キリスト教の時間概念のように初め(創世記)と終わり(終末論)が存在しないため、日本文化の「時間」の典型的な表象は一種の現存主義であり、「現在」または「今」の出来事の意味は、それ自身で完結していてその意味を汲み尽くすのに過去または未来の出来事との関係を明示する必要がない。

そして日本文化の中で時間の流れには一定な方向はあるが、始めもなく、終わりもなく、無限の直線に似ていると分析しています。

 


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以下「日本文化における時間と空間」から原文を引用します

日本文化の中では、原則として、過去は殊に不都合な過去は―、「水に流す」ことが出来る同時に未来を思い患う必要はない。
「明日は明日の風が吹く」。

地震は起こるだろうし、バブル経済ははじけるだろう。

明日がどうなろうと、建物の安全基準をごまかして今カネをもうけ、不良債権を積み上げて今商売を盛んにする。もし建物の危険がばれ、不良債権が回収できなくなれば、その時時点で、深く頭を下げ、「世間をお騒がせ」したことを、「誠心誠意」おわびする。


要するに未来を考えずに現在の利益をめざして動き、失敗すれば水に流すか、少なくとも流そうと努力する。


その努力の内容は、「誠心誠意」すなわち「心の問題」であり、行為が社会にどういう結果を及ぼしたか(結果責任)よりも、当事者がどういう意図をもって行動したか(意図の善悪)が話の中心になるだろう。文化的伝統は決して亡びていない。



わかります!

私のサラリーマン時代は正にその通りでしたね。土下座こそ経験ありませんが、お土産持参で何度かお詫びに行けばおおかた納まりました。



最近の森友、加計問題でもまさしく伝統は現れていますね。更に「忖度」が話をややこしくしていますが、そこの所は専門家に任せることにします。


「日本文化における時間と空間」を読んで、自分の中にある、忘れかけていた記憶の琴線に触れる思いがしました。
そして久しぶりに感動しました。ここまで分析してしかも私にも読み易く分かり易い。難解な箇所も多かったけれど、繰り返し読んでなんとか理解を深めていくことができました。

 

明日は明日の風が吹く!

なんて他人事でおおらかなんだろう。

 

そういえば、昭和の無責任男、植木等さんの歌『だまって俺についてこい』(作詞:青島幸雄氏 1964にも似たような台詞があったなあと思い出しました。

 

金の無い奴は俺んとこへ来い

俺も無いけど何とかなるさ

見ろよ青い空、白い雲

そのうち何とかなるだろう

 

この歌は高度経済成長時代に作られたので、未来への不安感ゼロの歌詞ですね!


更に、1956年の楽曲でドリス・デイが映画の主題歌で歌って流行した『ケセラ・セラ』もそんなニュアンスの歌だったことを思い出しました。最近流れているサントリーのオランジーナのCMで繰り返し流れている『セラヴィ/C'est la vie 和訳:そんなものさ人生って』哲学好きなフランス人の決まり文句セラヴィも日本人には分かり合える台詞なんだと思います。

 

 

先日亡くなったスタジオジブリの高畑勲監督や、次作を制作中の宮崎駿監督、そして鈴木敏夫プロデューサーに共通しているのは、時間は始まりもなく終わりもなく連続していることを知っていることではないだろうか。


作品に納得できるまで自らの時間を優先する二人の天才監督と、それを信じて待つ鈴木敏夫プロデューサー。

 

次作もとても楽しみです。


三人に共通しているのは社会的な時間に縛られることをとても嫌うこと。

ビジネス的なスケジュールに追われることを嫌うため、いつまでに作品を完成させ、いつから公開出来てスクリーン数はいくつか、は作品が完成してから考えることになる。


出たとこ勝負だ!

 

「未来のことは気にせず、今目の前にあることを精一杯やることで開かれる未来もあるのではないか」by鈴木敏夫プロデューサー



ジブリ作品が多くの日本人に受け入れられるのは、そんな日本文化の「時間」である「今」を大切に出来上がった作品だからこそ、伝わってくる何かがあるのだろうと思います。

                            

人間が成長過程で最も変化が見られるのは誕生してからの数ヶ月。

スマホという便利な道具を使って、私は孫の成長過程を動画で撮影しては、親族に見てもらうためGoogle Driveにアップしている。


自分で撮影した動画を見て楽しんでいるとき、ふとある映画のことを思いだし検索したところ、なんとロードショー終了2日前。

間に合う!見に行って来よう。

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観察映画「港町」

思い出したきっかけは、この作品が想田 和弘監督一人で監督・制作・撮影・編集をこなしていること

 

以前ラジオ番組にゲストで出演されたときにその理由を語っていました。

どこか私の生き方に似ているなあと、何となく気になっていたので直ぐに思い出すことが出来たのです。

 

 

一人で監督・制作・撮影・編集をこなそうとした理由は?

 

独立して自由に撮りたいから

観察映画というドキュメンタリーを撮るためのプランは立てない方針でリサーチもしない
事前打ち合わせもなし

行き当たりばったりで撮影してゆく

だから何が起こるのがまったく分からない

他のスタッフがいると起動力が悪くなる

だからなるべく身軽な少人数になった

 

できるだけ偶然性を取り入れたい

だから自分が設計して、自分の思い通りに撮りたくない

思い通りにならない方が好き

再現が出来ない

 

 

これまで国内外で様々な賞を受賞している想田作品。

「港町」はベルリン国際映画祭でワールドプレミアした作品。

元々別の作品の撮影を取り終わった後、風景ショットを撮っているときにこの作品となるフィルムを回していたことになるそうだ。

 

予定もなく撮影するため、フィルムは当然長くなる。

およそ100時間回したフィルムの中から、監督の編集で見事2作品が生み出された。

行き当たりばったりでプランが無いお陰だと監督は言っている

 

 

日本に残る原風景で、愛おしいものを残しておきたい、という気持ちをモチベーションに撮影していたそうだ。

 

近代化で数百年単位で日本人が大切にしてきものが、たったの数十年でダメになってしまう。まだ残る風景や人間に愛おしさを感じ、消えようとしているそれを何とか映像で残しておきたい

 

出来上がったその愛おしいものを、皆で又一緒に見たいと監督は言う

 

撮影にプランもなければ台本もなし

自分一人の思いつきで縦横無尽に撮影をこなす

 

全て自分一人(奥様のみ関わる)で映画を作っていく

完成された映像は二度と取り直しが出来ないその時その時の生きた証

主役が入れ替わっても撮影は続けられてゆく

 

監督の才能だろう、登場人物達がどんどん心を開き、いつもの生活リズムで語る。

監督は繰り返し起こる偶然性をどんどんカメラに納めるだけだろう。

 

港町で生活している人々はごくごく日常の日々を送っている。

そんな日常を送っているだけの人達に話を聞きながら100時間もの映像に納めていく。

私達が毎日淡々と送っている生活の中には、当たり前と思ってスルーしている時間の方が多いが監督は、そんなスルーしている時間もカメラにいったん納めてゆく

 

 

私が愛おしい孫の成長過程を、ただそこにある今を撮影し、話しかけ、反応を楽しみながらまた撮影を続ける。家族皆に見て欲しいという思いは全く私も同じである。

 

 

先日散歩しているときにいつもと違うルートを使い同じ目的地に向かった。

その時に偶然目にした光景にハッとした。

東京都心の高層ビルがクッキリと視界に入ってきたのです。
都心
ここで見られるんだ!

偶然が好きな私はとっさにカメラに納めた。

偶然はいつも目の前にあるのですね。


追伸
6/2~8期間 渋谷イメージフォーラムにて“想田和弘と世界”で他の作品も含めて一挙上映します。

 

アメリカ、アリゾナ州の州都フェニックスの北110kmの原野にアーコサンティは忽然と現れる。

アーコサンティー2


 アーコサンティー

イタリア生まれの建築家パオロ・ソレリ氏が建築と自然生態学の共生の哲学を基に建設を開始した実験都市。


1970年にプロジェクトに着手し半世紀が経った今、出来上がっているのは計画の数パーセントに過ぎないという。


1970年と言えばアメリカではヒッピー全盛期。ベトナム戦争突入。そんな激動期だからこそ、理想郷を夢みて人生をかけようと考えたのですね。

 

計画して、なかなか完成しないと言えばガウディが引き継いだサグラダ・ファミリアの経緯に似てます。

 

サグラダファミリア

パオロ・ソレリ氏亡き後も作業は続いているのです。


生前パオロ・ソレリ氏は言っていたそうです。
『一生かけて、何をやっているのか?と言う人は、大切なことが分かっていない。何が出来たか、どこに着いたかではなく、どこに向かって歩いているかが大切なんだってことがね。』


よく聞く話で、帆を張らない船はどこに着くかは風任せと同じですね。


結果、失敗することはいくらでもある。結果が出るまでには人生が終わることだって珍しくない。


ソレリ氏自身も90歳過ぎるまで精力的に活動し、アーコサンティの完成は見ていないで亡くなっています。


かの天才画家、葛飾北斎の名作の殆どは70歳を過ぎてからのもので、90歳で亡くなるまで生涯現役だったそうです。
 

いつから夢や理想に向かおうとする人を非現実的だと言って応援しなくなってしまったのだろう。


そして、いつからか徒労に終わるかも知れない人生を人は笑うようになってしまったように思います。


いつから人生を勝ち負けという、下品な価値基準に翻弄されてしまったのでしょうか。


本当は過程こそ人が学び成長する大切な時間なのに。


私が義務教育を受けていた時代には、結果よりもどれだけ努力したかが評価された記憶があります。そんな私の努力を見て褒めてくれた教師にとても感謝していました。


 

あなたの人生の目標は?と聞かれて明確に答えることのできる人は一握りいるかも知れない。


でも多くの人は、「そんなものはないし、得意な分野だってない」と言うのではないだろうか。

大多数の人々は、目の前に突き付けられた二者択一を仕方なく選択し、その選択を繰り返していても、いつの間にか道は開けていることに気づくのか、気がつかないかどちらかでしょうね。


それがたとえ本意ではなくとも、選択の積み重ねがどれほど予想外の方向に行ったとしても、それは自分が選んだ道なのです。


スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが対談番組で仰っていたことを思い出しました。

スタジオジブリ設立時には売り上げ目標もなければ、会社運営するための事業プランもなかったそうです。


そんな会社設立を認めた徳間康快は何を考えていたのか?考えていなかったのかも知れませんね。


結果としてヒット作品に恵まれたお蔭で会社運営や人の採用方法を考えるようになったそうです。

宮崎駿氏や先日お亡くなりになった高畑勲氏は売上だとか制作スケジュールには興味を持たない天才だったので、いつの間にか仕方なく鈴木敏夫氏の役割が今日の様な役回りに決まっていったようです。


私も昔から具体的な将来の目標は無く、何となく興味のあるものに対して、目の前に与えられたことを楽しんで、誠意を尽くして、時には怠けても自分で選択してきた人間です。

だからシステム手帳に事細かにスケジュールを書いている人を見ると羨ましく思っていました。


一か月先のスケジュールを決めて実行に移すことにプレッシャーはないのかなあ?なんてことを思ったりしていましたが出来ない人間の妬みかな?


自分が決めて、やっていることに責任を感じながら実行していけば、そんなに間違った人生にはならないと思いますが皆さんは?

毎日顔をつきあわせている妻とする会話の中身と言えば、その日お互いに過ごした時間の中で気になった日常の出来事が大半

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最近遅延が多発している地元私鉄の事


今日も又遅延してた!

何とか仕事には間に合ったけど、今週2回目だよ。昔中央線では頻繁に遅延していたけと、今度は我が路線も過密ダイヤと高齢化の影響が出始めたかな!



仕事帰りに買い物してくる常備品の事

お互いの職場で起こったあんな事こんな事

携帯に配信されてくるYahoo!ニュースで知った様々な出来事やトピックス

有名人のプライベートな話題や発言も会話のひまネタになります。

何もネタがなければ会話しないだけ・・



スタジオジブリの鈴木プロデューサーと宮崎監督は40年間ほぼ毎日顔をつきあわせているそうですが、過去の話はしたことがないと言っています



会話のテーマは半歩先の未来だそうです


スタジオジブリを会社としてスタートした時、遠い未来の売り上げ予測なんてものは考えたことがなかったそうです。


これまでは宮崎駿という天才と出会い、宮崎駿のペースで作品を作り、結果として大作に恵まれ何とかやってこれたとも言っています。

そして、ジブリ立ち上げた時からこれまでやってこれたのは、会社運営に協力してくれたパートナーやスタッフのお蔭とも言っています。

当時から変わらないのは、過去でもなく、遠い未来でもなく、いま目の前にある課題に向き合うことだそうです。


気がついたら・・・
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宮崎駿さん76歳、鈴木敏夫さん68歳、高畑 勲さん81

興行で成功したトトロ2の制作を提案してくる人達もいたそうですが、過去の作品のパート2なんて全く考えたこともないそうです


完成した時点で頭の中は次に向かっているなんてカッコよすぎですが
本当なんですね




音楽プロデューサーの松任谷正隆さんも同じ事を言っています

曲が完成した時点でもう飽きてしまっているので、聴き直すことをせず次の曲に取りかかるのだそうです。


何かを達成したら、飽きることが大切

変わり続けるためには、目の前あることがらだけに振り回されることがないよう自ら努力が必要

いつも視野を遠くに置くこと 

物事を客観的に見ること


若い頃には目えなかったのに、いつの間にか遠くが 見えるようになっていたなんてことがある。あるときに突然遠くが 見えるようになるそうです。




時代を的確に捉え、時代に迎合しない


そんなことが出来る人達がきっと、多くの人の心を動かせるのかも知れません

追加情報
先日、「毛虫のボロ」の完成作品を見てきました。
宮崎駿という人は20年前に作りたかったこの作品を70歳過ぎてもまだ、世に出すまで諦めず我慢も出来る心の強い人なんだなぁと改めて思いました。


鈴木さんも仰っていましたが、個人の時間と社会の時間は違うんだなぁということを改めて思った雪の降る2度目のジブリ美術館でした。

さて、私もこれまで人生の長期プランを立てる事が苦手な人間でしたから、我が家の半歩先の未来はどうなることやら。




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もし人間の存在が、あたかも生産マシーンの様に捉えられ、その成果によってのみ価値つけられてしまうのだとしたら、人間の精神は奥行きのないものになり、魂の抜けたロボットのような存在に成り下がってしまうのではないだろうか。modern times

そのように精神が皮相化されてしまうとすれば人は「主体性」を持つことが出来ず、「意味」を問う余裕すらなく、日々業務に追われ、人並みの人生を追いかけることのみに汲々とする様になる。

最近、人間の仕事がAIに奪われるなんて話が話題になっている。
人間はもっとクリエイティブな仕事に就くことになるだろうとも言われているが、本当だろうか?

「もっともっと!」と消費を促される限り、人並みの生活という人参を追いかける事に変りはない様に思う。




子供の頃、雪の積もった歩道や学校のグラウンドに残る足跡を見てるだけで楽しかったなぁ。

誰も踏んでない真っ新な所を見つけては、自分の足跡を残して訳もなく優越感に浸っていたものです。

これはきっと、壁に子供がいたずら書きする気持ちと同じなんだろうか?


 そんな雪景色を見るたびに、いつも頭に浮かぶ俳句があります。

景色を見ては俳句が浮かぶなんて、私には俳句の才能あり?なんてね!


雪の朝二の字二の字の下駄の跡

この句は、江戸時代の女流歌人 田捨女が僅か6歳の時に詠ったとされる俳句です。

ほんとかな?

6歳の子供にこんな句が詠めるのかいと疑ってしまうのですが、凡人の考えかな?
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少し前にそこを人が歩いて行った余韻も風景も伝わってくる、素晴らしい俳句だと思います。

なんて句だ!


俳句という素晴らしい文化然り、なんて綺麗で格好いいんだろって今でも思います。

しかも6歳の女の子が!


雪が降ったあとはランドセルを投げ出して、「雪だるまと かまくら を作るんだ!」

と元気よく外に飛び出していた私とは、きっと仲良くなれないタイプの女の子ではないかと想像してしまいます。(口が達者で頭の良い女子が苦手だっただけですが・・)

都会では降雪機会も少なく、しかも靴が当たり前の今、滅多に下駄の足跡にお目にかかることがありません。

だから好きなこの句を思い出すことも雪の降った時くらいです。

その他有名な“足跡”と言えば、

月面着陸したアポロ飛行士の“足跡” 
たぶん本物でしょう。人類の進歩と技術革新の賜物ですね。
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 ハリウッドのスターの手型・足型
新婚旅行で行った時に、成功者の人生にあやかろうと重ねてみました。
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 Mr. Children 「足跡~Be Strong」この曲に限らず、デビュー以来音楽業界に様々な足跡を数多くの作品で残している最高のグループだと思います。

足跡

私はこの “足跡”という言葉に強い生命力を感じます。

だから、たまに降る雪に残る足跡を見てはこんな事を想像するのです
・幼児から大人に成長してゆく過程にはどんな楽しい事辛いことがあったのだろう?

・人それぞれ、大切な思い出の場所はいくつあるのだろう?

・何度も岐路に立ってはその度に頑張ってきた人生の節目とは、いつだったんだろう?

 足跡といって何を思い出すか?って聞かれたら、やっぱり私はこの俳句を思い出します。 雪の朝二の字二の字の下駄の跡


田捨女(兵庫県生まれらしい)が豪雪の地で生まれ育っていたら、きっと誕生していなかった句なのかな?と想像してしまいます。


話は現実に戻って、
現代ではその“足跡”が結構ビジネスになるんですね。

人のプライバシーに関わる探偵社。

とても慎重で時間のかかる仕事だと思います。でもあまりお世話にはなりたくありませんね。
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それから、時代を牽引しているかも?しれない出版社。

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最近話題の週間文春は、まさに人のプライバシーが商売になっているんです。

多くの情報に日々振り回されて嫌気がさしていても、読者にとって人のプライバシーは別腹なんですね。

そしてIT企業全般。

私達がインターネットで何か調べたり検索したりした時、入力した情報も足跡としてPCやネットの世界に残り、消えることがないことはいまや当たり前の事実。

ただ、インターネット上では“足跡” とは言わず「ログ」と呼ばれています。

「ログ」は自分で管理することは難しく管理ソフトもありません。

 ネット社会ではまさにその「ログ」を利用して商売することが当たり前なのですね。

IT企業は、まさにこの「ログ」をビッグデータとして集約し、様々なビジネスシーンで利活用しています。
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スマホで簡単検索した時にはその「ログ」はどこかのだれかに拾われています。

その「ログ」をデータとして蓄積し分析することで、私という個人の趣味や思考性、買い物履歴、住んでいる地域までを見事なまでに学習して覚えていてくれるのです。

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その結果、サイバー空間に残るログをデータとして常に更新してくれるお陰で、たとえ物忘れしても、過去のネットでの購入履歴や、過去の検索履歴から自分の頭では想像できなかった事や、関連情報もお薦めしてくれるようになるのです。


足跡には色々な種類あります

風情と捉えられていた下駄の足跡もあれば、行動で残した足跡、記録という足跡、人生の歩みという足跡

デジタル時代を上手く生きるためには、私の記憶の外部化として「ログ」は既に新たな足跡として追加されています。

 “検索や0101のログの後”

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